行政は私達に何を食べろと言うのか?
≪不正は中国だけでなく『我が国でもやっていた』食品偽装と不正隠蔽の事実≫
小林一茶の句に『雀の子、そこのけ、そこのけお馬が通る』と云うのがあります。しかし最近の我が国の食品事情を考えると『消費者よ、そこのけそこのけ不正が通る』と読み変えたくなる程、官民合わせて社会全体の何を信じ、どのメーカーの商品を買えばよいのか、安全の保証は大丈夫か、と商品の選択に疑心暗鬼となり不信はつのるばかりです。
ところが、問題はこの日中間の食品問題だけにとどまらず、アメリカ発のサブプライム・ローンを引き金にして始まった世界不況の兆候はとどまるところを知らず、ついに日・米・欧が足並みをそろえて金利を下げざるを得ないところまで追い込まれたのです。
このような先の見えない世界の金融や証券界の乱高下に、先行きの不安感を感じながら、丸ノ内の書店で『正義で地球は救えない』と云う本のタイトルに目が止まり、早速買い求めて読んでみましたところ、著者の池田清彦氏の≪はじめに≫の冒頭に、大いに共鳴できる部分がありましたので、紹介してみましょう。
そこには、次のように書かれています。『洞爺湖サミットは、何百億円もの税金を使って日本中から警察官とパトカーをかき集め、大量のCO2を撒き散らして終わった。CO2の排出削減については、実質的には何も決まらなかった。余命いくばくもない私のようなじじいが心配してもはじまらないが、日本の未来にとってさしあたって最悪なことにならずに済んだようで、まずはご同慶の至りである。今すぐCO2を削減しなければ、人類は大変なことになる、といった短兵急な話は、今すぐお金を振り込んでいただかなければ、御主人は犯罪者になってしまいますよ、といった振り込め詐欺と同じようなものだと思って間違いない。恐怖心を煽るのは他人を騙す際の常套手段である。困難な事態に直面した時にまずすべきことはすぐに動くことではなく、情況を冷静に分析することだ。メリットとデメリットを秤にかけて検討し、デメリットの方が大きければ、動かないという選択もありうる』と云う調子で、本文中でもかなり手厳しく書いています。
これは、洞爺湖サミットに集まった各国の首脳たちは、現実的な事実の認識よりも目先の自国の利益を優先した駆け引きに終始した結果、表面だけの正義を掲げ、地球の将来を見据えた未来を救う大所高所から見た結論には至らなかったことを示し、地球の未来を真剣に考えない、実体なき虚論だった事を如実に表していると言ってもよいでしょう。
また共同著者の養老孟司氏は、同著≪あとがき≫の中で『世の中が変なのか、私が変なのかと問えば、そりゃ変なのは私に決まっている。世間は多数で私は一人だからである。若いときからそう思ってきた。だからいまでも、変なのは世間ではなく、私に違いないと思っている。でも似たような変な人がいるもので、共著者の池田君がそうである。』と書いていますが、これは、自分を外側のもう一人の自分から見ているからこそ言える言葉で、鏡に写ったもう一人の冷徹で沈着な自分がそこに居るからこそ言える言葉でしょう。
ところで、さる11月2日から三日連続で産經新聞の一面トップに掲載された≪景気問題取材班≫の特集『大不況どう防ぐ上・中・下』のトップに次のように書いています。
(引)「『米国発の金融危機が日本の経済危機へと波及する中で、日経平均株価は一時、7千円台を割り込み、26年ぶりの安値に沈んだ。政府・日銀は事業規模27兆円の追加経済対策や利下げに踏み切り、危機を食い止めようと懸命だ。だが、平成9年に始まった日本の金融危機を振り返ると、実体経済の悪化に歯止めがかからなくなるという本当の危機はむしろこれから始まる恐れがある。大不況は防ぐことができるのか。処方箋をさぐる。』」で始まる特集に≪消費者は絶望していない≫と云う副題も付いています。
さらに、朝日新聞ワシントン駐在の西崎香記者の報告によると(引)「『金融機関が他人のカネでばくちを打って失敗した尻拭いを、なぜ税金でしなくてはいけないのか』と、23日、米上院銀行委員会で開かれた金融危機対策を巡る公聴会で、アメリカ民主党のブラウン議員などが、ブッシュ政権が打ち出した最大7千億ドルの不良資産買い取り制度への批判が相次いだと云う。」この7千億ドルは、日本円に直すとなんと75兆円になるのです。
この世界をゆるがす大バクチの始まりは、言うまでもなくブッシュ大統領主導のサブプライムローンがその発端ですが、その理由は≪白人は、その多くが家を持っている≫のに比べ、≪黒人やヒスパニックは、家を持っているのはわずかしかない≫と云う理由で富裕層へのプライムローンに対し、当初の金利は低く押さえた目先だけは支払可能のように見えるサブプライムローン(注:サブは下位・補欠・地下鉄の意味があります・・広辞苑)を組み、それでも将来の支払に不安を抱く低所得層達に対し、家の価格はどんどん上がっているから心配ない、と説得したのです。しかし、現実にはその通りにならず、家の価格はどんどん下落し、その結果サブプライムローンの落とし穴でもある、当初の低金利から急激に上昇する高金利に支払いが追い付かず、かつての日本の土地バブルと同じような現象が起こり、せっかく手に入れた家を大勢の人が手放すことになり、ローンは不良債券化し、それを隠して売るため、その場しのぎの証券化と云う卑劣な手段を選択し、投資家の目先をかわした結果、証券界は抜き差しならぬ泥沼へとのめり込んで行ったのです。その意味でアメリカは、土地バブルを乗り越えた日本に学ぶべきだったのかも知れません。
ところが、日本では土地バブルの崩壊を乗り越えられたのに、アメリカはなぜ全世界をも巻き込んだ金融危機に陥ったのでしょう。その理由の一番の原因は、一言で云えば、日米の国民性の違いと言ってもよく、それは日本人の貯蓄好きに対し、アメリカ人は貯金はせず、その上カード社会の特徴でもある、消費の先取り現象の≪無いけど使う≫と云う実体経済を無視した消費社会の錯覚から来る落とし穴にはまった結果『カード(ローン)に追われてホームレス』状態に転落してしまったのです。
少し難しい話が続いて恐縮でしたが、日米両国の国民性から考えて、まず消費優先で貯蓄は後回しの傾向が強いアメリカに対し、世界的にも評価されている勤勉で貯蓄意欲の高い日本人の遺伝的格差(注:最近の浪費癖のある若者たちは別にして)の違いを感じたとき、貯蓄を軽視し目先の消費を優先するアメリカ人と、万一に備えてまず貯蓄を考える日本人(注:貯蓄の出来ない人もいますが)を比較して考えるとき、ここでイメージとして浮かぶのは≪アメリカ型≫キリギリスの生き方と≪日本型≫アリの行き方の違いではないでしょうか。そこで、あらためて生き方の原点に立ち返り、汚れのない童心にも帰ったつもりで、イソップ物語の『アリとキリギリス』をご一緒に読んでみましょう。
(引)「『あついなつのひ。ありが、さとうのかけらをはこんでいました。それをみて、きりぎりすはおおわらい。「ねえ、ありさん、そんなにあせをかいてあつめなくっても、たべものは、まわりにたくさんあるじゃない。」「でも、ふゆになったら、たべものが、みんななくなっちゃうんですよ。そのまえに、たくさんあつめておかなくっちゃ。」ありは、あせをかきかき、はたらきます。おおきいものは、みんなではこびます。そのころ、きりぎりすは、いちにちじゅう、うたったり、・・おひるねしたり・・「こんな、きもちのいいひに、はたらくなんて、ありさんはかわってるねぇ。」あきがきました。ありはまだ、たべものをはこぶのにいっしょうけんめいです。「もうすぐふゆがくるよ。きりぎりすさん、だいじょうぶ?」だけど、きりぎりすは、うたってばかり。「へいき、へいき。」さむいふゆがやってきました。あたりはゆきでまっしろ。きりぎりすは、おなかがぺこぺこです。「そうだ、ありさんちにいこう。」「トン トン トン。あーりーさん!なにか たべものくださいな。」「きりぎすさん、なつのあいだ ずっとうたってたんだもの、しかたがないよね。ふゆはおどってたら?」ありは そういうと、バタンとドアをしめてしまいました。』」
この話でお分かりの通りアメリカ・キリギリスは、実体経済を無視した目先の利益と快楽を追い求め、マネーゲームに狂奔した結果サブプライム・ローンと云う危険で実体の見えない投資対象を、証券化という隠れみのに包んで売りまくり、百年に一度と云われる金融危機を引き起こし、世界経済を混乱させたのです。そこで登場する黒人初の大統領オバマ氏は、冬の準備をおろそかにした「ブッシュ・キリギリス」と云う重い荷物を背負うことになりますが≪心は熱く、頭は冷静≫な手腕が問われる四年間の戦いが始まります。
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