【平成二十年五月】の定例法話会・テキスト
上野の『リンリン』天国へ旅立つ
≪かつて『日中友好のシンボル』だった「パンダ」は、最後に何を思ったか?≫
東京の上野動物園にいた、唯一のジャイアントパンダ『リンリン(オス)』が4月30日午前2時ごろ死んだ。2000年に、「トントン(メス)」が死んでから、同園のパンダは「リンリン」だけになっていた。1972年に「カンカン」「ランラン」が来日して以来、初めて同園のシンボルがいなくなった。「リンリン」は国内最高齢のパンダで、人間では70歳程度の高齢だという。それが今月上旬から動きが鈍くなり、食欲が落ちるなど、衰えが目立っていた・・・。と、4月30日の読売新聞の朝刊は一面トップで伝え、全国の「パンダ・ファン」は、ざぞ残念な思いをしたことでしょう。
これで、田中内閣による日中国交回復の記念に中国から送られて、空前のパンダフィーバーを巻き起こし、三十六年もの長きにわたって上野動物園の人気者としてシンボル的存在だった「ジャイアントパンダ」は姿を消したのです。
それにしても、パンダの食欲は、なぜ無くなったのでしょう。まさかとは思いますが、中国政府のチベット弾圧となにか関係があるのでしょうか、あるいは今回の中国四川省の大地震を予知して心を痛めたからでしょうか、と云うのも、パンダの故郷はチベットから四川省にかけてであり、もしかして、今回亡くなったパンダには、動物特有の鋭いカンと云うテレパシーが働き、食欲がなくなったのかもしれません。
しかし、よく考えてみると皮肉なことに、このパンダを送った国と、送られた国の間で「毒入りギョーザ」をはじめ、東シナ海のガス田共同開発など、数々の問題が起こり、さらに、北京オリンピックを目前にしてチベット問題まで再発し、世界中でオリンピックの聖火リレーに対する妨害騒動が持ち上がり、我が国でも長野の善光寺では、聖火のスタート地点としての境内使用を辞退するなど、中国政府のチベット弾圧に対し、それが、たとえ日中友好のためとはいえ、同じ仏教者としては、苦渋の決断だったかも知れませんが、当然の決断であり英断だったと言うべきでしょう。
ここで問題なのは、中国側にオリンピックを前に、チベット問題が再発しては困ると云う事情があったからだと云うことです。それについて読売新聞の5月5日の朝刊で、北京からの杉山祐之記者のレポートは、次のように伝えています。(引)「『中国の胡錦涛国家主席は、4日に行なった日本人記者団との会見で、好きな日本のテレビドラマとして、1980年代に中国でも大きな人気を博した「おしん」を挙げた。「主人公が自ら励み、苦労の末に創業した精神は、とても深い印象を残してくれた」と語った。80年代、チベット自治区共産党委員会書記などの難しいポストを歴任した胡氏は、92年、チベット内の騒乱・紛争問題に対し、戒厳令を発動してこれを鎮圧した功績によって、当時の最高実力者・ケ小平氏から次世代指導者として大抜擢された。これで、エリート中のエリートになったが、その後も、党トップの総書記に就任するまでの10年間、江沢民・前総書記の下で「忍耐に次ぐ忍耐を重ねた」(党関係者の言)とも言われる。』」と云う杉山記者のレポートを読んでみて、すでに皆さんもおわかりの通り、今回のチベット問題を鎮圧し、平静を装わなくては面つが立たなかったのでしょう。
ところで、このオリンピックの聖火リレーと云う行事は、いつから始まったのか云うと、かつて独裁者ヒットラーが率いるドイツが、ベルリン・オリンピックを開催するにあたり、そのプロバガンダ≪国家の主義思想の宣伝≫として始めたのが最初だったのです。その後の顛末は、皆さんもご承知のように、独裁者ヒットラー率いる第三帝国ドイツが、近隣諸国へ侵攻し、全世界を巻き込んだ第二次世界大戦へと発展していったのです。このことを承知の上で、今回の中国の北京オリンピック聖火リレーのコースを考えてみますと、通過する各国のチベット問題も含めた激しいデモや反対運動を見聞きする限り、その底流には、それが個人による独裁であれ、一党による独裁であったとしても、同じ独裁国家である限り、かつてのドイツ・ヒットラーの≪プロバガンダ≫の手法に共通する臭いを感じてならないのです。
少し、きつい言い方をしてきましたが、これも現在行われている日中友好の成功と発展を願ってのことであり、千数百年を越える日本と中国の長い文化交流の歴史を大切にしたいからであり、その中でも白鳳時代以後、初唐の仏教文化の渡来に伴う清新な文化の興隆を果たし、その影響を受け、天武・持統の天皇の時代に律令の制定を確立し、さらに、国家、天皇の権威も確立し、現在の我が国の基礎が固まったとも言えるからです。ことに、聖徳太子に始まる我が国の仏教思想の振興と発展はめざましく、とりわけ遣隋使(けんずいし)や遣唐使(けんとうし)の果たした功績は特筆すべきと言ってもよく、もちろんその経過の中で、それまでの貴族階級を中心とした学問としての奈良仏教とは異なり、最澄・空海による大衆への仏教思想の布教活動は、我が国の仏教への信仰心の向上、および啓蒙と発展に多大な功績を残したことは、五月八日に早稲田大学の大隈講堂で行われた胡錦涛国家主席の講演の中で、その歴史的交流の深遠さに触れていたように、日中の歴史問題を語るときには、千数百年の時を遡らねばならない筈です。それを前任者のように急ぎ過ぎると問題はこじれるのです。
ここで、かつて我が国が東京オリンピックの聖火を運んだ際のエピソードを、読売新聞の4月27日の編集手帳を参考に書いてみますと(引)「『聖火を運ぶ特別機がユーフラテス川上空に差しかかった時、イラク・オリンピック委員会から無電で「聖火リレーおめでとう。ご苦労さま、東京までがんばってください」と連絡があった。機上からはすかさず感謝の返電が打たれたと云う。まことに感激的だった。と44年前、本紙の記者が伝えている。ギリシャから日本まで途中12都市に立ち寄りながら行われた聖火のリレー。残念ながら頭上通過となった国も、祝電でその列に加わった』」と伝えていますが、これこそ≪真の聖なる火≫であって、今回のような騒乱の中を強引に突き進んだ≪汚れた聖火≫とは違うのだと、つくづく思うのです。
それにしても、中国への世界中のチベット問題にたいするバッシングはものすごく、それでも強引に各国を巡った聖火は、その難関を強引に突破したのです。
最後に、産経新聞の5月8日の一面に掲載された、ジャーナリストの櫻井よしこ氏の≪福田首相に申す≫の中からその冒頭部分を少しだけ書いてみましょう。
(引)「『日中首脳会談で、チベット問題にも人権にも全く触れない共同声明が出された。中国政府とダライ・ラマ法王の話し合いについて胡錦涛国家主席空説明を受けた福田首相は、話し合い自体を評価した。が、中国の姿勢は真に評価に値するのか。共同記者会見で胡主席はこう語った。≪ダライ側が、実際の行動をもって、誠意を示し、祖国分裂の活動を真に停止し、北京五輪の破壊を停止し、次のステップの話し合いのために、条件をつくりあげることを望んでおります。≫」と、ダライ・ラマ法王が≪北京五輪の破壊≫を意図していると、相変わらず、事実に反する主張である。はたして、これで意味ある対話に進展するのか、率直に言って疑わしい。
中国政府は昨年9月、チベット仏教の真髄である≪活仏(生き仏)転生≫を中国共産党の許可制とする法律を施行した。宗教を否定する共産党が、幾千年もの歴史を有するチベット仏教の活仏に許認可権を行使するのだそうだ。中国共産党はこの噴飯ふんぱん(おかしくてたまらず、口の中の飯を噴き出すこと)ものの法を掲げ、チベット文明を消し去ろうとする。そうした制度への胡主席らの内省的な言及がない限り、中国共産党による話し合いはどこにも到達しない。したがって、対話開始をもってチベット問題が解決に向かうかのように受けとめる福田首相は、未必の故意の罪を犯しているに等しい。』と、書いていますが、同じ産経新聞社出版の月刊誌(引)「『正論』」6月号の総力特集と銘打った(引)「『胡錦涛訪日で試される日本の≪覚悟≫』」は、ぜひ一読の要有りと思う内容です。加えて驚くことに胡主席は、帰り際に奈良の法隆寺をも訪れたという。宗教否定の中国共産党のトップが訪れると云うことは、我が国首相の靖国神社参拝批判と矛盾するようで、何か違和感を感じるのですが、皆さんは如何がでしょう。
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