【平成二十年四月】の定例法話会・テキスト
四月八日は『お釈迦様』の誕生日
≪たった一ヶ月で終わるか、エープリルフールの夢『ガソリン税』の行方≫
四月一日を「エープリルフール」と云って、この日だけは嘘を言ってよいと云いますが、これを広辞苑で調べますと(引)「『四月一日の午前中に軽い嘘をついて人をかついだり、かつがれたりしても許されると云う欧米の風習で、四月馬鹿と云う』」と出ています。しかし、今月の四月一日に始まった暫定ガソリン税問題による社会の混乱も、まもなく衆議院での再可決によって、元の課税額に戻る可能性があります。これでは25円の暫定税率によって大騒ぎをしたガソリン問題の騒ぎは何だったのでしょう。しかも、これらの諸々の混乱の引き金を引いた元凶でもあり、未だに解決を見れない社会保険庁の年金問題処理の出鱈目さと、このような役人に我々の血税から給料を払っていたのかと思うと、我々国民は腹立たしさで、はらわたが煮えくりかえる思いをしているのです。そもそもこれらの元凶は、福田総理を始め、社保庁の役人達のように自分達の起こした問題を、ひと事のような無責任な言動に終始する態度を続ける以上、愚かで身勝手な人間に対し、国民の怒りはもちろん、天地自然の神々も激怒しているとしか思えない異常な自然災害現象が続いています。
このような愚かで無知な人間達の心を救おうとして、今から二千五百年前、私達仏教圏の多くの人々が、心のより処としている仏教の開祖『お釈迦様』がお生まれになり、それとほぼ時を同じくして、論語で知られる『孔子』も今の中国で生まれていたのです。その孔子の示した有名な≪論語≫の中に『子曰く、吾れ十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず。五十にして天命を知り、六十にして耳順(したが)う。』と云う部分があります。そして、その意味を「矢崎良一氏」は、その著書『不惑』(ぴあ株式会社出版)のプロローグの中で、次のように解説しています・・・。
(引)「≪孔子は言った。「私は、十五のときに学問で身を立てようと決心しました。」と、それゆえ、十五歳を「志学」という。そして「三十のときに、学問の基礎がきちっとして、独り立ちができるようになりました。」」と、そして本書の題名にもなっている『不惑』にふれて「四十のときに、狭い見方に捕らわれることなく、心の迷いがなくなりました」と、さらに論語はその先もまだ続き「五十になって天命(人間の力を超えた運命)をわきまえ、六十になって人の言葉が素直に聞けるようになり・・・」と。≫しかし、この「志学」に始まり『不惑』に至る、この本の副題≪桑田・清原と戦った男たち≫にあるように、先日四十を目前にして≪桑田≫が突然引退を表明した。しかし、それを決断した彼の表情から見るかぎり、彼の心の中には恐らく『不惑』の心を揺るがす迷いは微塵も無かったのかも知れません。
その理由は、『不惑』について3月26日の「よみうり寸評」でも取り上げていますが、この本の本文にも書いているとおり、かつてPL時代の女房役だった、キャッチャー・今久留主成幸が、桑田に「みんなはお前のことを心臓に毛が生えているって言うけど、実際は?」とたずねたことがあったと云います。すると桑田は≪俺はちっちゃな自信を積み重ねているだけ、今日、100メートル10本走ろうと思ったらどんなにしんどくてもやる。毎日、腹筋を50回、1年間やると決めたら、たとえ酒を飲みに行く日にもやる。ちっちゃな成功体験。ちっちゃな自信。それを重ねて、やり通した達成感が俺の支えになっている。だから、これがダメだったらしょうがないと思うこともできる。≫と、これがピッチャー・桑田真澄の答えだった。と『不惑』に書いてあります。たしかに桑田には巨人入団にまつわる清原との確執や、早稲田進学を隠れみのにして巨人との密約があったのではないか等の疑惑があり、マスコミからも散々たたかれたにもかかわらず、長年にわたり巨人を背負って立つ大投手になった裏には、先月出版されたばかりの、矢崎良一氏の著書『ノンフィクション・不惑』に書かれているような事実があったことを初めて知った人も多かったのではないでしょうか。
今まで、とかく誤解されやすかった≪桑田真澄≫も、これで過去の多くの人々から白い目で見られていた部分も解消されるでしょうし、新しいファンも増えることでしょう。ところで、この一見対人関係は不器用ながら、意外に純粋で、真面目な努力家『桑田』の事を、矢崎氏の『不惑』で知り、4月2日101歳で亡くなった石井桃子さんの創作童話≪ノンちゃん雲に乗る≫を思い出していたところ、4月4日の読売新聞のコラム「編集手帳」に、その内容の肝心な部分が出ていましたので、その一部を拝借して書いてみましょう。
(引)「≪8歳の女の子が雲の上で白いひげのおじいさんに会う。どうやら神様らしい。お兄ちゃんが悪さをしても、お父さんはぶたない。女の子の話におじいさんは微笑した。それはな、子供は人間の掟だけで決めつけられないと、お父さんは知っているからじゃよ。「子供には生まれてくる前の国、神様のお国の規則をあてはめてみなくちゃならんところが、たくさんあるのでな・・・」」この創作童話は戦争末期に心沈む友人のために書かれたもので、今でも人気が高く心洗われる思いがする作品です。昨今のように世の中が混乱し、社会も子供の世界もイジメと争いの絶えない時代、私達も、この『ノンちゃん雲に乗る』を再読し、身も心も清らかにしたいものです。
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