【平成十九年十一月】の定例法話会・テキスト
聖なる伊勢の『神域』を汚した≪赤福
≪なんと『神宮』おひざ元 ≪おかげ横丁≫ で、大胆にも偽善商売を行うとは・・・≫
落語に『花筏(はないかだ)』と云う相撲を扱った一席がありますが、産經抄によると、相撲好きの三遊亭円楽師匠がお得意にしていたネタの一つだそうで、その噺(はなし)の大まかな筋は≪ある相撲部屋が、地方巡業にでることになった。ところが、看板力士の大関・花筏が病気になってどうしても巡業に行けない。困った親方はそこで一計を案じた。看板力士の花筏に姿形がそっくりな、近所の提灯屋(ちょうちんや)に「座っているだけでいいから」と、小遣いや巡業先での接待を条件に、巡業への同行を頼み込んだところ、このエサに釣られて二つ返事で付いていった提灯屋、なんとか無事に千秋楽を迎えたものの、そこは「偽造大関」とは云えやはり巡業の目玉である「看板力士」の大関のこと、ついに村一番の力自慢と対戦するはめになったのですが、当人は「偽造大関」とは云え、ズブの素人の提灯屋、恐怖に震えながら土俵に上がったものの、相手もこの「偽物の大関」提灯屋を本物の大関と思い込み足がすくんだ村一番の力自慢を張り手で倒し、下げになると云う噺です。≫ が、そこで大切なのは、この花筏と云う落語の中で、村一番の力自慢でさえ先入観から「大関」という名前に恐れをなして足がすくみ、かたや提灯屋も相撲はまったくのズブの素人ですから、対戦相手が村一番の力自慢と聞き、取り組み前から恐怖に震えながら土俵に上がったものの、それ以上に相手の村一番の力自慢は「大関」の名に恐れをなし、あえなく提灯屋の張り手に敗れたこの噺の大切な部分は、≪先入観≫と云う蜃気楼のような幻想が、如何に我々の意識と心の中に、錯覚と云う化け物が住みつくかを教えていることです。
今の世は、偽装もインチキも、ばれさえしなければとか、儲けさえすればいいと云う不心得者が余りにも多すぎます。しかし、その偽装やインチキも、ことが『お伊勢参りの土産は赤福』とまで云われ、お伊勢さんのおひざ元 ≪おかげ横丁≫ で全国から御参りに来る多くの人々から、伊勢土産の代名詞として絶大な信頼を得ていた、名門 ≪赤福≫ となれば話は別です。よもやこの ≪赤福≫ が日付の付け替えや、売れ残りの商品を再加工して再び出荷していたと云うのですから驚き以外のなにものでもなく、これでは来春のお伊勢さんの初詣は、何を土産に選ぼうかと、今から悩んでいる人も多いかも知れません。
この赤福事件に先立ち、北の大地の代表的な銘菓 ≪白い恋人≫ や偽装挽き肉の ≪ミートホープ≫ や秋田名物きりたんぽに欠かせない ≪比内鶏≫ と、あまりにも色々なことがあり過ぎて、今や食品に対する信頼が失われつつあるのは紛れもない事実でしょう。
しかし、その中でも『赤福』は、我が日本の心とも云える、伊勢の『神宮』のおひざ元でもある ≪おかげ横丁≫ で、こともあろうに、神を欺く商売をしていた事が問題なのです。
これでは、『神宮』の主神 ≪天照大神≫ の弟で、天井の神々の世界から追放される程の激しく荒ぶる神『須佐之男命』の天誅が下ったのも止むを得ないことでしょう。
そこで、この伊勢の『神宮』について、一般的にはあまり知られていない歴史やその成り立ちについて、神宮支庁発行の『神宮』と云う冊子の中から要点を抜粋してみますと
『今から二千年以上も昔、第十代の祟神(すじん)天皇の御世(みよ)『日本書紀』によると、国中に疫病が流行し災害が次々に起こったという。天皇はどうしてだろうと占いをされました。 「皇居の外の、日本で最も良い所で奉斎(ほうさい)すべし」との御宣託がありました。どこで、祟神(すじん)天皇は皇居の近く、大和の笠縫邑(かさぬいむら)に神籬(ひもろぎ)をたてて皇大御神(すめおおかみ)をおまつりし、皇女(こうじょ)の豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)が日夜ご奉仕なさいました。
そして、第十一代の垂仁(すいにん)天皇の御代、皇女の倭姫命(やまとひめのみこと)が、さらにもっと良い宮地を求めて各地を巡幸されました。まず、大和の国、そして伊賀、近江、美濃の国と当時の日本中をあちこち巡られてから伊勢の国へ入り、度会(わたらい)の宇治の『五十鈴川』の川上にこられ、ここを大御神(おおみかみ)さまのご神慮(しんりょ)に最もかなった大宮地(おおみやところ)だと定められました。垂仁(すいにん)天皇二十六年のことでありました。
この時代は日本国家が飛躍的に発展した時期で大御神(おおみかみ)が皇室の神というだけでなく、日本民族全体の祖神と大きく発展したのであります。
ところで、なぜ『伊勢』におまつりされたのでしょう。いろいろな諸説はありますが、『日本書紀』の垂仁(すいにん)天皇二十五年の記事には『天照大神(あまてらすおおみかみ)、倭姫命(やまとひめのみこと)、におしえて曰(のたまわ)く、≪この神風の伊勢の国は常世(とこよ)の浪(なみ)の重浪(しきなみ)の帰する国なり、傍国(かたくに)の可怜国(うましくに)なり、この国に居らむとおもう』とのたまう』とあります。
当時の大和地方の人々にとって、伊勢は海に近い東の国のはずれであり、太陽の昇る地であった。そして何より。伊勢の海のかなたには常世(とこよ)の国という理想郷があり、そこから永遠の祝福を与えてくれる姿が、たえず打ち寄せてくる所という新晃のある「可怜国(うましくに)」でありました。うまし国とは、五十鈴川の流れる風光明媚(ふうこうめいび)な美(うま)し国であり、海の幸、山の幸に恵まれた、神々へのおいしいお供え物が豊かな国であるということができましょう。』とありますが、中でもこの五十鈴川が流れる風光明媚(ふうこうめいび)な景色の中から、その美しい五十鈴川の流れを写し取ったのが ≪赤福≫ だったのです。
それだけに、今回の『赤福事件』は、神々が、この地、この流れとして選ばれた、五十鈴川の清らかな流れを、自分勝手な欲と利益のために、日々、お伊勢さんの神々のおかげで商いをさせて頂いているにもかかわらず、そのご恩も忘れて神々に背き、重ねてお伊勢さんのおかげに感謝する≪おかげ横丁≫をもけがした事は、絶対に許せない行為でしょう。
厄除け厄払いお祓い除霊護符呪詛返しの未勒館「密教と四柱推命」
厄除け厄払いお祓い除霊護符永代供養呪詛返しなど未勒館に!密教の加持祈祷・供養「四柱推命」
Copyright © 2008 Mirokukan All Rights Reserved.