【平成十九年六月】の定例法話会・テキスト
年金はなぜ『拉致らち・隠蔽いんぺい』されたのか
《衆議院の議場で披露された『社保庁が振込め詐欺とは気がつかず』は国民の声だ!》
『こんな馬鹿なことが現実にあって良いのか!』と、国民の誰もが思い、国や役人に対する不信感は、いやがうえにもつのったことでしょう。と云うのも、現在の我が国は『少子高齢化』と云う重大な問題をかかえたうえに、社保庁の怠慢がもとで、長年真面目に収めた年金が、受給年齢に達したにもかかわらず、老後の生活の命綱でもある自分の収めた年金がもらえなくなるかもしれない、と云う由々しき問題が突然表面化したからです。
これには、さすが新聞各紙もトップ見出しに『記録紛失救済どこまで・・・』とか『時効年金25万件950億円・・・』などのショッキングな文字が紙面に踊おどり、今まさに定年を間近に控えた団塊の世代の人々にとっては寝耳に水の話で、当然自分が貰える筈の年金が、もしかしたら社保庁の身勝手な手抜き行為によって、自分の将来の為に国に預けた年金が『年金支給五年の時効』と云う不条理な壁に阻まれ、自分で預けた大切なお金が、貰えなくなるかも知れない、一瞬、背筋が凍りついた人も居たことでしょう。
実際、この社保庁の役人達は、私達国民が積み立てた大切な年金を、湯水のごとく浪費し、国内のあちこちに、グリーンピアと云う利用者もなくほとんど役に立たない設備や建物を建て、これが世間の風当たりが強くなると、6月29日の週間朝日に掲載された一覧表のように、二足三文で民間に叩き売ってしまったのです。
さらに『国民・厚生』の両年金問題に対する国民からの批判が高まると、あわてて調査に取りかかり、その結果、あっというまに『25万件』もの受給漏れが判明し、しかも、その受給資格が、五年の時効と云う法律上の決まりのため請求権は消滅し、事実上の不払いで国民が《泣き寝入り》させられた年金が、なんと《950億円》もの巨額に上っていたことも、5月30日になって判り、この不条理な事実が発表されたのです。
これで皆さんもお分かりのように、社保庁の役人も真面目に手抜きをせずに仕事をやれば、このように短期間でデーターを提出する能力があったのに、なぜ、今まで真剣に仕事をやらなかったのでしょう。そこで、あえて穿うがった見方をしますと、社保庁の役人達は、年金支給には《5年の時効》があるのだから、なにも、今、急いで仕事をしなくても五年もすれば、受給者が請求しなければ自然に権利は消滅するのだから、今は適当にのんびりやっとけばいい、とでも思っていたのかを、是非、詳しい説明を求めたいものです。
もし、そのような気持ちで私達の大切な年金を扱い、しかも、その資金で好き勝手に無駄使いをしたのであれば、国民は君たち役人を絶対に許さないし、その行為は《国家の公的年金詐欺》であるばかりでなく、国民に対する重大な《背任行為》であり。まさに『国家公務員による不作為的重大犯罪』そのものと言わねばなりません。
これには、さすが世論も、新聞も、テレビもマスコミ各社も、黙って見過ごす訳にもいかず、重大ニュースとして取り上げ、ついに国会でも各党間で社会保険庁の《ズサン》さが問題になり、急遽、自民・公明の与党は5月31日から6月1日の未明にかけて、衆院の本会議で《社保庁改革関連法案(社会保険庁を廃止・解体する法案と、年金時効撤廃特例法案)》の議案を提出し、野党の反対を押し切り深夜の体力勝負で可決成立したのです。
しかし、その際、民主党の議員が本会議の議場で披露した被害者からの次の川柳が、社保庁の出鱈目な体質とその核心を見事に突き、あまりにも見事に的を射ていましたので、再現してみますと『社保庁が、振込め詐欺とは、気がつかず・・・』と云うものでした。
この一句は、民主党の山井和則氏が、桜田孝衆院厚生労働委員長解任決議案の提案説明の中で、被害者から寄せられたこの社保庁批判の川柳を読み上げたうえ《振り込め詐欺なら犯人は逮捕されるが、(今まで時効として)950億円も受給者に支払わなかったことの責任は誰が取るのか!》と政府・与党に鋭くせまった際の引用句でした。
しかし、ここで重大な疑義ぎぎが生じます。それは、なぜ年金の受給資格に時効があるかと云うことです。それは、我々が本人の意志には関係なく、国の権力によって強制的に国に預けられたものを、自分が年金の受給年齢に達したとき、社保庁のご都合主義の役人の手抜き作業と、いい加減なチェックミスによって、拉致らち隠蔽いんぺいされ、自分の預けた行方不明の年金が、時効によって支払ってもらえないのですから、何か釈然としないものがあります。さらにもう少し嫌な言い方をすれば《盗人にも三分の理》と云う言葉が、頭の片隅で社保庁の姿と重なり、意識の奥から離れないのはどうしてでしょう。
この年金時効問題には、さすが国会の先生がたも参院選と云う大事を控えて知らぬ顔も出来ず、6月1日未明に《年金時効撤廃法案》を衆議院の本会議に提出し可決しましたので、時効の心配は無くなりましたが、あまりにも泥縄的解決ではないでしょうか。
しかし、良く考えてみれば、なぜ、今までこのような、自分の金を自分がもらうのに時効などと云う理不尽な制度があったのでしょう。
そこで、法の精神の原点を探ってみますと、古代ギリシャの哲学者ソクラテスは(引)「《法は善人のために作られたものにあらず》」と言い、イタリアの諺ことわざにも(引)「《法は悪人のために作られたるものなり》」と云う言葉があります。また、ドイツには《正直者に法なし》と云う諺があり、さらに《理に非あらざるものは法にあらず》と云う言葉もあります。こうして見てくると、我が国の年金の時効を決めた人は、何を考え何を規準にして、かくも理不尽な法を決めたのでしょう。ところで、今回の社保庁関連の国会審議について、数で劣勢の鳩山幹事長は『いくら正論を言っても、数の力で勝てないのが悔しい』と、言って、柳沢伯夫厚生労働相不信任決議案をはじめ、逢沢一郎衆院議運委員長解任決議案など、つぎつぎと無駄な抵抗を試みて、有権者に必死に抵抗する姿をアピールする戦術に徹したのですが、これはいたずらに国会審議の時間の引き伸ばしと云う無益の抵抗でしかなく、しかも、この深夜の延長審議では莫大な費用が国民の血税から支出されるのです。これは、旧社会党の常套手段だった《反対のための反対》と同じで、いたずらに税金を浪費した過去の亡霊の姿が思い起こされます。さて、このような野党の攻勢に対しては、与党側も黙っている訳にもいかず、ついに非難の応酬は議場外へも飛び火し、安部晋三首相は都内で開かれた、党支持団体の参院選総決起大会で挨拶し『年金問題が起こってしまった仕組みを作ったときの厚相は誰か。民主党の菅直人代表代行だったではないか。互いに責任を言い合うのは非生産的だ』と、菅氏をこきおろした。自民党はこの日、《このような事態になった責任は?》と題し、菅氏を批判するビラを、B4版カラー刷りで、10万枚も印刷したそうですが、当初はそのB4判カラー両面刷りのポスターを(6月1日)から全国配布する方針だったのに、問題の菅氏が記者会見で『(自社さ)連立政権で私が厚相だったとき、基礎年金番号導入を省令で決めた。その後、小泉純一郎厚相の下、平成9年から基礎年金番号付与の作業が始まったが、完全な形で行なわれずに、該当者不明の5000万件が生まれた』と反発。攻防は与野党による責任の押し付け合いともなってますます混迷を深めてきたようで、国会伏魔殿も、ついにプロレス並の場外乱闘の様相を呈して来たようですが、我々は観客席で楽しんでいる訳にはいかないのです。
その菅さんの後の、前総理の小泉さん、そして与党の盟友公明党の坂口さんも厚生大臣の重責を担っていた訳ですから、自民党も民主党の菅さんに向かって振り上げた拳の持っていき場がなくなり、この10万枚のポスターは作り直すことになったそうですから、無駄使いをしているのは役人ばかりではなく自民党よお前もか!と云うことでした。
最後に、権力と利権にしがみつき、一円の金さえ稼がずに、ただ無駄使いするしか能のない社保庁の役人達に、仏様の怒りと、お叱りの一言を『こらっ!役人ども・・!』お前達は《喝かつだ!》と。しかし、これだけでは6兆円もの無駄使いを指示した高級官僚達にとっては、《カエルの面に小便》くらいにしか感じていないでしょう。そこで、この巨悪の元兇、高級官僚に対し、私達はもっと怒らなくてはなりません。そこで、週間朝日6月29日号の18ページから書かれている特集記事を見てみますと、その冒頭に『国民をバカにするのもいい加減にしろ』《年金の給付外流用、累積6兆円超!》のタイトルに続き『なぜ、私たちは社会保険事務所に足を運ばされ、長時間待たされるのか・・?。とか なぜ、つながらない電話をかけ続けなければならないのか・・?。そもそも国はなぜ、ちゃんと管理していなかったのか?・・・・・。何も今回の問題に限ったことではない。国民にとって欠かせない《年金》を、国はずっといい加減に扱ってきた。それは無責任と怠慢、ごまかしによる”ムダ遣い”の歴史でもあった。いつまで国民をバカにし、ツケを回し続けるのだろうか。』と云う記事に続いて、これまでの経緯を縷縷るる詳しく書いていますが、文中の小見出しに『巨費を投じたのに売却費は40分の1』と云うのもあります。
それにしても、なぜ《社会保険庁》はここまで堕落してしまったのでしょう。その疑問を解く鍵が、六月二十六日の産経新聞の一面トップに《年金問題取材班》による特集記事『歪みの構造(社保庁問題の上)』にありました。《この後(中・下)と三日間連載》
その内容は、ほとんどの社保庁職員が加入する全国社会保険職員労働組合(旧自治労国費評議会、約一万一千人)の九州地区の幹部が平成十三年、職場の現状を記した次のメモで始まります。『われわれ(職員)はたばこを吸いながらの入力。疲れたらコーヒーを飲んで一服。パソコン一つも一人で満足に扱えず、雑談したりいろいろ。昼休みも、電話がかかってきたり来訪者が来ても休憩している。』このメモが残された経緯は不明だが、まるで天国のような《職場環境》を誇る文書にもみえる。しかし、こうした職場環境が現実化した原点は、昭和五十四年三月に労組と社保庁が結んだ《覚書》にある。その後、平成十六年までに双方がかわした文書は、A4判で計105ページ。昭和五十四年の『端末機の操作にあたりノルマを課したり、実績表を作成したりしない』、平成十四年の『昼休みの窓口対応は職場で対応できる必要最低限の体制で行なう』・・・など勤務をできるだけ軽減しようとする表現が目立つ。時間配分や仕事量も次のように具体的数字で制限した。『コンピューター端末の連続操作時間は50分以内(のちに45分以内)とし、15分の操作しない時間をつくる。』『一人一日のキータッチは5000以内とする』などが取り決められた。これに関する労組側の言い分はこうだ。『端末操作に対する健康への影響を考え、こうなった』と確かに、昭和60年の労働省の指針でも労働時間と休憩に関する同様の基準がある。しかし、それは日本人の多くがコンピューターに不慣れだった時代の産物でもある。その後、人々はコンピューターに慣れ、機器そのものも格段に使いやすく進化し、入力作業も楽になった。にもかかわらず、つい最近までこの覚書が有効で改定されてこなかったと云う点に社保庁の不作為責任がある・・と。そして『ようやく平成17年までに、こうした覚書や確認事項はすべて破棄された。しかし、それまでの間、社保庁内だけは、さまざまな機器が導入されようが、仕事が変化しようが、この覚書だけは更新され続けていった。』と、書いていますが、これでは、彼らのボーナスの一部返納と云う目先のごまかしではすまず、やがて《天の神も仏も》彼等に、天誅てんちゅう天罰てんばつを下し、社保庁が消滅しても、当分この魑魅魍魎ちみもうりょうの後始末に手間取るでしょう。
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