【平成十七年三月】の定例法話会・テキスト
『批判』された子は『非難』を覚える
《父は『ゴルファーである前に人格者であれ!』と、宮崎藍に厳しく言った。》
昔から《悪い奴ほどよく眠る。》と云う言葉がありますが、古代ギリシャの哲学者《ソクラテス》は『法は善人のために作られたるものにあらず。』と云い、イタリアには『法は悪人のために作られたるものなり・・。』と云う諺ことわざもある程、善と悪とのせめぎ合いは、洋の東西を問わず際限が無いようです。
それにしても、最近はテレビをつけても、朝の新聞を開いても、若者や未成年者の犯罪や事件が多く、我が国の行く末に一抹の不安を感じるばかりです。
特に、先日の大阪の小学校で起きた、十七歳の少年による教師殺傷事件などは、同級生の証言によると、当人は《ゲーム・プログラマー》になる夢を抱いていて、自室には《百本以上のゲーム・ソフト》が並んでいたと云います。
これについて、サンケイ新聞の「産経抄」は、(引)「『少年の親は子育ての過程で、なぜ、これほどの大量のソフトを与える必要があったのだろう・・・と疑問を投げかけ、どんな理由であれ、ゲーム・ソフトは子育てはしない・・・』」と書いていますし、フランスの思想家ルソーは(引)「『子供を不幸にする一番確実な方法は、いつでも、何でも手に入れられるようにしてやることだ・・・。』」と言っています。
しかも、これらの数々の犯罪に関与している少年達を見ると、比較的中流以上の裕福な家庭の子供達が多く、この事実は要するに、その子の親達が子供の欲するままに何でも買い与えてきたからで『幼い頃に自らの欲望を抑える訓練をしないでいつするのか・・・。』と前出の「産経抄」は鋭い指摘をしています。
ところで、去る二月下旬、皇太子殿下がご自身の四十五回目の誕生日の記者会見で、三歳のわが子《愛子さま》について『名の示す通り人を愛し、人から愛される人間に育ってほしい・・・。』と述べられたのち、次のような詩を紹介されましたが、その時の内容は『批判ばかりされた子供は、非難することをおぼえる。殴なぐられて大きくなった子は、力に頼ることをおぼえる。しかし、激愛げきあいを受けた子供は、自信をおぼえる。寛容かんようにであった子供は忍耐を・・・。友達を知る子は親切を・・・。安心を経験した子は信頼をおぼえる・・・。可愛がられ抱きしめられた子どもは世界中の愛情を感じとることをおぼえる・・・。』と云うもので、これは全国の子を持つすべての親や、学校の先生達の一人一人に聞かせたいと思うほど、子を持つ親としての感動的で素晴らしい詩の紹介でした。
そこで思い起こすのが、今から四十年ほど前、『美智子皇后』が、まだ、『皇太子妃』だった頃に、公務でお留守にされる際、側近に残された《ナルちゃん憲法》と呼ばれる有名な育児メモの精神を、皇太子殿下は確実に引き継がれてのご発言と受け取ることができますが、その《ナルちゃん憲法》には、さらに『一日一回はしっかりと抱いてください・・・。』と書かれていて、スキンシップの大切さを強調された上、さらに、ご訪米の際には、美智子様ご自身がハミングで吹き込まれた心のこもった子守唄まで託されて旅立たれたと云うのです。
今、そのようにしてお育ちになられた皇太子殿下と雅子さまのお姿を拝見するとき、愛子様のご養育の中にも『ナルちゃん憲法』の心が脈々と引き継がれているように思え、多くの国民も心暖まる思いがしたことでしょう。
『とにかく、幼い頃に自らの欲望を抑える訓練や躾しつけをしなければ、己の欲望を満たしてくれないモノは許せない・・・と云う、短絡的な責任転嫁の論理が凶行の誘因になるとすれば、多くの親への警鐘となるだろう。』と、月刊誌『正論』は(引)「《さかもと未明氏》の意見として掲載し、この記事は最後に『モノを買い与えるのではなく、親が子供に与えるべきは、自己の欲望とどう付き合うかの知恵と、どんな境遇にあっても保ち得る誇りと自制心である』」と結んでいます。
このようにして、幼い時期での人間形成上の心の養育(教育)は、親から子へ、子から孫へと引き継がれてこそ、国家百年の大計は成り立つのです。
しかるに、我が国の現状を考えるとき、心の教育のホーム・グラウンドとなるべき家庭内での親子の心のありようを考えると、多くの家庭では夫婦間の問題を含め、親と子の間に隙間風が忍び寄り、親も子もテレビから流れ出る俗悪低俗番組や、インターネットの悪質サイトに埋うずもれていては、家庭の心は凍いてつき、このような心の通わぬ家庭の中からは、人を思いやる温かい心を持つ子供を育てることは困難であると同時に、これでは育ちようも無いでしょう・・・。
そこで思うのは『真まことの子供の心の教育・・・』いや、むしろ本来の心の養育とは、と云うべきかも知れませんが、元々もともとそれは家庭と学校の協同作業であると同時に、相互の協調作業でもあるべきですから、子供の教育は学校に任せておけば良いとか、友達が悪いとか、環境が悪いとか、その責任を他に押しつけていては、何一つ解決は望めないし、不可能なのではないかと言うことです。
ところで、仏教には《縁起》と云う言葉がありますが、これは仏教の中心思想の一つでもあり、精神的な働きを含む一切のものは、種々の『因(直接原因)』や『縁(間接原因)』によって生じ、それによって起こる「結果」を『因果の道理』と云い、これを『因果の法則』と定義付けていますが、この『因』を草花の種にたとえ、『果』を花や実に例えてみますと、それが仮にどのように優れた種であろうと、その種が芽を出し花や実を付けるためには、その種に合った土壌や気候や温度に加え、太陽の恵みと云う条件も整っていなければならないのです。
そこで、これを先程の親と学校と子供の心の問題に照らしてみますと、今から数十年前に『お母さん、僕の芽を摘まないで・・・』と云う本がありましたが、子供の心を正しく立派に育てるには、出る芽を摘むのではなく、自由に伸び伸びと育てることでしょう。ただし、その場合でも子供の心を野放しにするのではなく、剪定せんていと云う名の躾しつけが必要なことは云うまでもありません。
ここで、今話題の女子プロ・ゴルファーの宮里藍選手の生い立ちに目を向けてみますと、父であり彼女のコーチでもある《宮里優まさる》さんの著書『宮里流ゴルフ子育て法』によると、意外にも彼女は小学校時代に《いじめ体験》があり、朝になるのが怖いと訴え、学校に行くことを嫌がった《登校拒否》の時期があったそうです。そして、父の優まさるさんは、この著書の中で、子育てにふれ『重要なのは、自分の子供を誇りに思えるように育てられるかどうかだ。』と云い、藍ちゃんと二人の兄も含め、三人のプロゴルファーを育て上げた父は《ゴルファーである前に人格者であれ・・》と、子供達に厳しく教え続けたと云います。
こうして育てられた、宮里藍選手の昨今の目覚しい活躍は『クラブを振るたびに強くなる』と云われ、先の第一回女子国別対抗戦の歴史的勝利に続き、豪州での国際試合では最終日に逆転され、二位になったものの、この《藍ちゃん》が前日まではトップを走り続けたのは、まだ十九才の女の子なのです。
しかし、もっと素晴らしかったのは、この逆転され二位になった後の敗戦の弁で《足りないものが確実にあるので、それを今後の課題に出来ればいい》と、笑顔で語るプラス思考と、次は『ナンクルナイサ(なんとかなるさ)』と沖縄地方の方言で言い切る明るさが《藍ちゃん》の強さと人気の秘密なのでしょう。
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