【平成十七年一月】の定例法話会・テキスト
人災も、天災も『守護しゅご不入ふにゅう』だ!
《『災難』は忘れた頃に・・・と。云うが、昨年は忘れる間もなくやって来た・・。》
その年の一年を象徴する「漢字」が、昨年の暮れに発表されましたが、皮肉にもそれは『災』と云う《字》でした。敢あえて《皮肉にも》と云うのは、それから間もない、暮も押し詰まった、十二月二十六日、スマトラ島沖で発生した《マグニチュード9》と云う、観測史上五番目と云われる巨大地震による大津波で、インド洋周辺の十ヶ国にも及ぶ国々で、死者行方不明の数が、何と二十数万人と云う大災害が起こったからです。
しかも、この大災害の直前、京都の清水寺の管長さんが、例年のようにこの『災』の字を墨跡鮮やかに染筆されている様子がテレビで放映され、そのお姿を拝見した方も多かったと思いますが、その際、誠に失礼とは思いながらも、その《災》の字からしたたり落ちる墨汁の痕跡を見て、これは、このままでは終わらないぞ・・・と、一瞬不吉な予感が心をよぎり、不幸にもその予感は的中し、災害は現実に起きてしまったのです。
それでなくとも、我が国では昨年は台風が十個も上陸して多くの水害を起こし、又、新潟の中越地震では多数の人々が田畑や家を奪われ、はたまた、先祖代々続いた家業を締めねばならなくなった人々や、山間やまあいの集落がそのままそっくり水の底に沈んでしまった人々の悲惨な姿に奪われていた最中さなか、突然、スマトラ島沖の大地震と、インド洋全域にわたる大津波の報に接し、我々人類は改めて自然の偉大さと脅威に対し、畏怖の念を抱くと共に、驕り高き人間の非力さを愚かさを思い知らされたのです。
これについて、十二月二十八日の読売新聞の夕刊《編集手帳》によると(引)「『スマトラ島沖で発生した地震津波がタイやモルディブなどインド洋沿岸の国々を襲ったのは、クリスマス休暇や年末休暇のさなかの日曜日、あふれる日差し、絶景の海。あたかも人々の幸福な時間を狙いすましたかのように、高さ十メートルの「水の壁」が海岸に押し寄せた。しかも阪神大震災の約三百六十倍という並はずれた地震エネルギーもさることながら、ジェット機並の時速、推定七百キロ/メートルで襲来した「波濤はとう」のすさまじさには息をのむ。海辺の観光地を擁ようしながら、この被災地域には津波情報を伝える国際的な警報の仕組みがなかったという。今後、人災の視点からも綿密な検証がなされよう。いまはただ予想される気の遠くなるような犠牲者の数に立ちすくみ、うなだれるばかりである』」と、今後の災害の拡大を心配しながら書いています。
それにしても、これらインド洋沿岸の国々では、津波警報のシステムが全く無かったことが、このように被害を大きくした原因ですが、かつて我が国でも1960年に太平洋のはるか彼方の南米チリで起きた<マグニチュード9.5>と云う超巨大地震による津波がはるばる太平洋を越えて日本に到達し、東北の三陸沿岸などで、百四十四人もの犠牲者が出たことがありました。我が国ではこれを機会に津波警報システムが生まれたのです。あれから44年もの歳月が流れたにもかかわらず、依然として人類は自然の脅威に対する畏怖の念を忘れ、開発と称して自然を破壊し続けているのです。
ところで、昨年は度重なる、台風・地震・水害という、災害オンパレードの一年でしたが、仮にこれらの災害を天災として受け入れたとしても、人災の多さには辟易へきえきした一年でした。ことに北朝鮮の拉致ニセ遺骨事件や、オレオレ詐欺に、振り込め詐欺、さらには年末年始にかけてのニセ札事件と・・。しかも、ことあろうに、このニセ札が賽銭箱やお守りの売上金の中に紛れていたと云うのですから、さすがに神も仏も呆れはて、さぞかし開いた口が塞がらなかった事でしょう。それにしても、ご丁寧にも賽銭箱にいれたニセ一万円札は、ご当人が何を願ったかは知りませんが、それが、仮にご利益を願ったとすれば、神様も仏様も、今ごろ目を回しておられるかも知れません。
ところで、新年早々から、あまりお目出度くない話題を並べてしまいましたが、これも運命学的に云えば、節分までは、まだ昨年と同じ星と云うことなのでご勘弁願うとして、事のついでに、もう一言云わせていただければ、暮れも押し迫った十二月二十二日、読売夕刊に掲載された、よみうり寸評の読者が選んだ<日本10大ニュース>の時事川柳版の中の、第一位に選ばれた新潟の中越地震に関する『被災者も元気もらった優太くん』などは、この大震災の中で身の危険もかえりみず、救出にあたったレスキュー隊の人々の、命がけの努力の結果が、幼い男の子《優太ちゃん》を奇跡的に救出した時の感動の生還ドラマが、目の奥に再現されるようですし、一方、第七位に選ばれた『台風に立てたい進入禁止札』と云う一句などは、鎌倉・室町時代に、絶大な権力を振るった守護大名でさえ入ることが許されなかった《守護不入の地》の存在を思い起こさせ、天災や人災にもそれと同じ《守護不入札》を立て、天災・人災を防げたらと思います。
因みに弘法大師は、その著書《秘蔵宝鑰ひぞうほうやく》の中で『狂毒きょうどく自みずから解とけず、医王いおう能よく治なおす』と言っておられますが、それは『人を狂わせたり殺したりする猛毒が体内に入ると、自然に解毒することはなく、優れた医者だけがその毒を消すことができる。』と云う意味ですが、この毒は間違った物の考えから生じ、人の心に執拗に巣食って病気を引き起こし、ついには人も心を狂わせ、それを治せるのは、この病の特効薬を持った名医だけで、その名医と特効薬とは「お釈迦様とその教え」や、弘法大師が大成された「密教の加持力」による魂の浄化であり、同時に体内の猛毒の発露である《悪行・悪心》を仏様に浄化していただく為、日々「懺悔文」をお唱えしたいものです。
【懺悔文さんげもん】 七返 ※画像でもご覧いただけます
我昔所造諸悪行 がしゃくしょぞうしょあくぎょう
皆由無始貪瞋癡 かいゆむしんとんじんち
從身語意之所生 じゅうしんごいししょしょう
一切我今皆懺悔 いっさいがこんかいさんげ
無始(むし)よりこのかた 貪瞋癡(とんじんち)の煩悩ぼんのうにまつられて
身みと口くちと意こころとに造つくるところの もろもろの
つみとがを みな悉(ことごと)く懺悔(さんげ)たてまつる
厄除け厄払いお祓い除霊護符呪詛返しの未勒館「密教と四柱推命」
厄除け厄払いお祓い除霊護符永代供養呪詛返しなど未勒館に!密教の加持祈祷・供養「四柱推命」
Copyright © 2008 Mirokukan All Rights Reserved.