休養中m(__)mのつづきのつづきのつづき

更新日:2007/02/24

正直 父が亡くなった時は悲しみより「見送った安堵感」の方つまり失う恐怖より いざ失ってしまった方 安堵感がある 意外な話だけど…ただ愛犬は違った。私が この世に生を受けてから心底 心を開いたのは、亡き母と亡き愛犬だった…。あまりの悲しさに自分が壊れそうで考えないように逃げていた…それも仕事に…。もちろん身体を壊す事も自分で わかっていたような気がする だから昨年10月休んで11月 復帰してからも また身体は壊すだろうと感じていた気がする もしかしたら逆に身体を壊してしまいたかったのかもしれない いや壊してしまいたかったんだろうね。だから今回のドクターストップも「あ~そうですか」ってな感じだったしね。しかし今しみじみ思うんだけど、これは誰にでも経験あると思うけど、よくもまぁ 良い人の仮面を何年間も かぶり続けたもんだ!随分 無理して肩肘張って きたもんだ!自分が先に作ったのか周りに作られたのか わからないけど作り上げた「沙羅」の仮面を何年も 追い掛け続けたもんだ!走り続けたもんだ!こりゃ疲れるわ 仕事は好きで、楽しかったのに いつのまにか作り上げた「沙羅」に押し潰されそうになっていたとは…。でも続けてこれたのは愛犬りりちゃんの存在だった!無条件な愛情を毎日注いでくれ、どんな心身の疲れも りりちゃんの姿を見るだけで 吹っ飛んだ。本当に心の支えだった。その支えを失ったんだ!と現実と悲しさと喪失感を真正面から受け入れ認めた!逃げていたんだ私は…苦しいから逃げたんじゃなく逃げたから苦しかった ヤケッパチだった。自分を大切にする事すら忘れていた。現実を認めた時 新しい自分つまり 今が生きていながら生まれ変わる時がきたんだなぁと感じた。不思議と冷静!ただりりちゃんとゆう心の支えを失った今…仕事の在り方も変わるだろうと思う