更新日:2014/06/07
急に暑くなりましたね
最近 更新が まちまちに なってしまい
ご心配 おかけしてしまいましたが
私は 変わらず元気です(^○^)
今年始めの 足に 転んで ヒビ入っちゃった事件から
もぅ 身体中 検査しまくりました…
人間の体は 症状が 出てくる前に
あっちや こっち 結構 痛んでるものですね…。
こりゃヤバイと 食事を 本格的に 始めたのですが
白米や うどんや パスタ お好み焼きなど
食べ物と食べ方によっては
ドーパミンを 多量に 噴出させ
糖質依存症状を 引き出してしまう、
なんて恐ろしい説も発見。
そこから、依存および依存症について、
栄養、脳科学、心理その他、
いろんな分野から調べています
現在 日本人は 何らかの依存状態に あるのでは?の 説
また 、
「キレやすい」「 不安から逃れられない」
「頭ではわかっていても つい やめられない」 等の
依存状態は 放置すると 依存症という 病気に発展。
依存症とは、
心の寂しさや 虚しさを埋めようとして
物や 人によって 安心を得ようとする行為なのですが
めだつ特徴の例として
●同じような事で失敗を繰り返す
●欲求が「もっともっと」とエスカレートする
●頭では わかっていても やめられず、いつも 頭から離れない
などが 挙げられます
今までは 依存は
心の弱さから くる あるいは
強い意志が無いから ダメなのだ。
との 気合い説が 言われてきましたが
近年の研究で
気持ちの弱さや女々しさでは 無く
脳の機能の誤作動から発生。
そこには 脳内麻薬つまりは ドーパミン が
深く関与しているのでは?
との脳科学からの説が有力視されています
ドーパミン…。快楽…
を感じるともっと欲しくなる
↓
今度は 快楽を得てないと感じた時に
すごく不快になったり、
不安になったりイライラしたり
身体に異変が起きる、禁断症状からの依存症に進むのです。
快楽を快楽と認識するには、
自分の経験あるいは、
他人や映画やドラマや小説等での
疑似体験による疑似快楽の体験からの情報
がありますが、現代のように
簡単に多数の情報が 入りすぎると
どこまでが 現状なのか?仮想なのか?の境目が曖昧になりやすく
依存症を増やしていく一方です。
いまだに 依存は悪い事なのだという、
型にハマった意見が この情報化時代に
頑固に まかり通っている有り様なのですよ
文化が テクノロジーの進化に
ついていけないのだね
人間は 何かに 誰かに依存するのは
当たり前なのです。
しかし薬物依存や
アルコール依存等は脳を破壊 身体を破壊
こちらは、専門家だけしか手掛けては、ならないです。
もし家族にアルコール依存の方がいましたら
自助グループに入る事、お勧めします。
ところで 依存の本来の意味は
人間が生まれつき 持っている、
心の安定や 肉体の安定を求める行為なのです
欲とは 睡眠欲 性欲 食欲
この どれが欠けても
人類が消滅してしまう、大切な事柄なのです。
結局は、
依存も欲も、行き過ぎるために
自分から溢れだし、
欲に自分がコントロールされ
身動きとれなくなってしまうのですね。
欲って 自分の 意識の仕方 または
捉え方で 拡がるし 少なくもなります
どうせ 依存するなら 健康的な依存
執着するなら 爽やかな執着
欲に振り回されるより 振り回してやれ、
の逆転発想です。
「依存症」になる前に
「依存」の状態で止めてしまう事は 可能なのでは?
と 私なりの仮説は ありますよ〜
それを自分の禁煙に活かして 禁煙成功。
ニコチン依存症から 脱出
今まで言われた 強い意志?
いらないです
自分を 出来る限り客観的に…
自分をアナウンサーが 実況放送しているように
例えば
「あぁっと タバコに手が延びそうです
いや 今回は コーヒーを先に飲んで
回避しましたぁ 危なかったですねぇ!」
なぁんて やってましたね
客観的にっ て言っても固くならず
リラックスして
自分を 実況放送的にアナウンスしたり
それをノートに書いたり
してみては どうでしょうか?
依存を怖がらず 闘わず 受け入れながら 鎮めていく。
試してみては どうでしょうか?
自分を 鎮める事に慣れるというのは
自分の汚い気持ちを
これは嫉妬だなぁ などと
しっかりと でも 淡々と 受け入れ
消化していきましょう。
エネルギーバンパイアが
近寄れなくなる特典ありです。
できない理由を並べる元気が あるんだったら
何か一つくらいは 出来るかもです(^○^)
希望は 気付いたら 隣にいますよ 安心してね
沙羅