【平成二十三年十月】の定例法話会・テキスト
子供達の生命を救った命の合言葉
《その合言葉『お・は・し・も』とは…?ジャンボ機長の危機管理術に学ぶ》
先月(九月)の法話で釜石の子供達の自主判断がその子等600人の尊い命を救った話をしましたが、その大人顔負けの自主判断の裏には『命の合言葉』と云う秘密があり、それを全員が忠実に守ったと云う事実があったのです。
その命の合言葉とは、ある大学の教授が教えた『おはしも』と云う合言葉で、その内容は、「押さない」、「走らない」、「しゃべらない」、「戻らない」と云うものでした。それは大人でも目の前の津波の猛威を見れば誰でも「パニック」に陥って当然の状態の中で、普段からの心の準備と、それに裏付けられた普段からの危機管理の訓練が自然の猛威から、ただ一人の犠牲者も出さずに、この子等を、3・11の東北地方に襲いかかった地震と津波から救ったのです。
この素晴らしい危機管理の経緯を見ていると、先日、静岡沖であわや大惨事にもなりかねない、全日空系の旅客機が副操縦士の操作ミスで背面飛行と云う危険な離れ業を演じたことは皆さんも記憶に新しいことだと思います。
この事は、釜石の子供達の≪お・は・し・も≫とどこが違うのでしょう…?
それは、恐らく基本的には何ら違いはなかったのでしょう。ただし、しいて違いがあったとすれば、その原因は≪うっかりミス・注意力の欠如・過度の緊張による錯誤・技術力の未熟≫即ち『内鍵う・ち・か・ぎ』だったのかも知れません。
それは、津波の猛威もパイロットの技術的欠如も人の命にかかわる点では同じだと思いますが、そこで最近読んだ、坂井優基氏の近著『ジャンボ機長の危機管理術(PHP文庫)』の中で「64」 もの危険を回避する智恵を紹介している中の「9」番目の≪危険の排除は仕組みで行おう≫が目の前に浮かんだのです。
その「9」番目の≪危険の排除は仕組みで行なおう≫に書かれている危機管理の基本的なチェックの部分を拝借して皆さんと一緒に続んでみましょう。
≪飛行機の操縦席には様々なスイッチやレバーがあります。≫のサブタイトルに続いて…『これらのスイッチやレバーを動かすだけでとてつもなく大きな力で舵(かじ)やフラップなどの様々な機器が動きます。
出発直前に何かの不具合が見つかった場合、操縦席で機長と副操縦士が出発の準備をしながら、整備作業を行なうことがよくあります。
もし整備士が整備作業中に、間違ってパイロットが作業中の機器を動かしてしまったら、整備士は大けがをするか場合によっては死亡する危険性もあります。そこで整備作業中で触ってほしくない機器のレバーやスイッチには操作禁止タグという赤い大きな札を付けます。
パイロットはこの禁止タグが付いている機器には触りません。またこのタグの取り付け、取り外しは必ず整備士が行なうことにより、連絡ミスの可能性を排除しています。
飛行機の各電気装置には家庭用のブレーカーと同じ役目をするサーキットブレーカーというものが付いています。このサーキットブレーカーは円筒形の上にキノコ型をした頭が付いていて、挿し込めば電気が流れ引っ張り出せば電気が流れないしかけになっています。
電気関係の整備を行なうためにある回路への電気を遮断したいときにはまずこのサーキットブレーカーを引っ張りだします。次にその根本に赤いプラスチックのタグが付いたものを入れ、間違ってもサーキットブレーカーを押し込めないようにしてから整備します。このように危険の排除を仕組みとして行い、その管理を 整備を行う人間自らが行なうことによって、危険を排除しています。
危険の排除は仕組みによるしかありません。人間の注意力だけに頼ると必ず失敗します。』と、ここまで書いたところで、突然、航空自衛隊小松基地所属のF15戦闘機から燃料タンクと模擬ミサイルの後翼部分などが落下したニュースが飛び込んできました。そこで再び坂井優基氏の《ジャンボ機長の危機管理術》にご登場することにしました。今度は、もしかして人的ミスかも知れないことを想定して「11」番目のお話しの中から、その一部を抜粋して書いてみます。
前略…『イギリスのバーミンガムからスペインのマガラまで飛行中のBAC・111という航空機で機長の前の操縦席のガラス窓が飛行中に外れ、急減圧のため機長が外に吸い出されそうになった事件がありました。飛行機は副操縦士がサザンプトンに緊急着陸して機長も骨折と凍傷だけで済みました。
その原因は2日前に操縦席のガラス窓を取り替えたときの整備士の行動にありました。窓を取り付けるボルトを取りに倉庫に整備士が行きました。ボルトは箱に番号が書いてあり、使うときは仕事の指示書に書いてある番号と箱の番号を照合して同じ番号のものを使うのが鉄則です。
ところが遠くの倉庫まで来たときに整備士は老眼鏡を忘れてきたことに気づきます。本来なら老眼鏡を取りに戻らなくてはいけないところを、何とか読もうとしました。棚にはボルトのすぐ側に別のボルトの箱がありました。このボルトの大きさが似ていたのと、老眼で見た番号が似ていたために整備士は間違ったボルトを使ってしまいました。
このボルト、ピッチも直径そっくりだったのですが、長さだけが短くネジ山のいくつかが引っかかっているだけだったので、飛行中に操縦席のガラス窓が吹き飛んでしまいました。本来ならば老眼鏡を忘れてきたことに気づいた時点であきらめて戻るべきです。それを、いい加減なことをしたために危うく大事故になるところでした。 *迷ったときは、安全サイドに舵をとるのが安全の鉄則です。』と結んでいますが、このイギリスの航空会社と日本人の考え方に違いがあるのでしょうか。そこで、早坂隆氏の≪世界の日本人ジョーク集≫にある欧米人と日本人のアクシデントに対する対応の違いを見てみたいと思います。
それは『スープに蝿(はえ)が入っていたら?』と云う話で、レストランでそんな目にあった時、各国の人間の反応の違いを、ユーモラスに分析した次の一文です。
『ドイツ人は「スープは熱いので十分に殺菌されている」と冷静に考え蝿を取り出しスープを飲む。イギリス人は皮肉を言ってから店を出ていく。「ボーイを呼び、コックを呼び、支配人を呼び、あげくに裁判沙汰となる」のはアメリカ人である。それぞれ各国人の特性を巧みにとらえて面白い。』とあります。
ところで、これまでのジョークと違うのは日本人であり「自分だけに蝿が入っているのを確認してから、そっとボーイを呼びつける」と書いています。
そこで、震災後の日本人について≪ひどい略奪が起きない日本を世界は称賛したが、人影が消えた被災地は出店荒らしや空き巣にやられていた。どさくさこそ稼ぎ時と見るのは、こそ泥ばかりではない≫と、天声人語に書いてありましたが、その意味で日本も底辺の暗やみの部分で欧米並みになったのでしょうか。
ところで、先に飛行機の話が出たと言っては失礼かも知れませんが、今から三十年前の八月二十二日、台湾の飛行機事故で五十一才の生涯を終えた、女流作家の向田邦子さんに『里子』と題した短いエッセーがあります。といっても、彼女が一時作るのに凝っていたトマトサラダの話です。周囲に宣伝しているうち、友人宅でよく出てくるようになりました。だが、どれも微妙に味が違うのです。
作品は「里子に出した子が、昔の面影を残しながら、少し違った子に成長したような不思議な気がして味わっている。」と、結ばれていますが、想いを東北大震災で親を亡くした子等に重ね合わせてみると、あまりにも多くの実の親にも、里親にさえも抱きしめてもらえない多くの子供達がいて不憫でなりません。
厄除け厄払いお祓い除霊護符呪詛返しの未勒館「密教と四柱推命」
厄除け厄払いお祓い除霊護符永代供養呪詛返しなど未勒館に!密教の加持祈祷・供養「四柱推命」
Copyright © 2008 Mirokukan All Rights Reserved.