【平成二十三年五月】の定例法話会・テキスト
『なぜ出来ぬ!』即決即断の大事が
≪ローマの英知に学べ「緊急時独裁権限」の「ウルトラC」採択の可否≫
五月を迎え、3/11 の≪東北関東太平洋沖地震≫の大災害の爪痕を残したその地≪東北≫にも再建の槌音が高らかに響き渡るようになり、その槌音に呼応するように桜の季節も北国を通り過ぎて行きつつあります。しかしそれに比べて≪福島原発の事故≫による放射能の漏洩問題は一向に進まないのが実情で、これに対する政府は勿論、東電の答えも、まるで国会における政府や霞が関の役人の型通りの答弁のように聞こえて仕方がありません。
それにしても、今回の被災された方々の中に、もしかして、この被災の現状を見て≪神も仏もあるものか‥・≫と思った人が居たかも知れません。
そこで思い出したのが、ニーチェ(1844〜1900)で、彼は伝統的形而上学(神・世界・霊魂などの主要問題を現象を超越し、その背後に在るものの真の本質、存在の根本原理、存在そのものを純粋思惟(しい)により或いは直観によって探求しようとする学問。)を幻の背後世界を語るものとして否定し『神は死んだ…』と云う有名な言葉を、ツァラトゥストラの中の≪悦ばしき知≫の125番目に書き、編訳者「白取春彦氏」の≪生きるための哲学『ニーチェ「超」入門』に、私にとってのニーチェは、教養のために学ぶものではなく、まさに生きるためのものでした…。≫と云う一言を載せています。それは、生きるための哲学ニーチェ「超」入門に書いてありますが、いづれ、その内容は詳しく述べるとして、先ず国内に目を向けてみましょう。
それは、我が国が打ち上げた「かぐや」の映像で見る通り、宇宙にぽっかりと浮かび、太陽の光以外は何一つ他から補充を受けない、限りある地球の資源に対しその恩恵を忘れた身勝手な奪い合いに明け暮れる、愚かな人間に対する天地自然からの当然の報いの一つとも考えられるでしょう。これはニュージーランドの災害や近年の異常気象をも含めた、天地自然と神への畏敬の念を忘れた我々人間の身勝手な行動への人類の反省を促す天の啓示かも知れないのです。
ところが、何と去る2月18日には、身内の民主党幹部が首相の「クビ」を条件に関連法案成立を公明党に打診したとの情報も流れ≪いよいよ絶体絶命だ≫と思われましたが、かといって、首相が先般第一生命が募集し発表したサラリーマン川柳のように憂さを晴らすわけにもいかず八方塞がりの破れがぶれ状態だったのでしょう。
そこへ降って沸いたように起きたのが≪東北関東太平洋沖地震≫でした。この国家の一大事の時に『一国の首相』の首をすげ替えるわけにもいかず。もし替えていれば、先月もお話ししたように≪関東大震災後の首相不在≫と同じ状態になりかねない事態におかれる恐れが十分にあり、しかも関東大震災の際の『後藤新平』のような傑物も居らず、幸か不幸か続投となったのです。
ところで、このような国家の有事とも云うべき大災害のおりには、昔のローマに習えば、その有事に関してのみ『元老院』の監視のもと≪超法規的独裁権≫とも云うべき即決速断が可能な権限を与えていたのです。
ところで、アルカイダのカリスマ性の強い独裁者『ビンラディン』が殺害された今、残る問題はアルカイダの報復と、北アフリカの民主化運動が問題です。
昔から『窮鼠(きゅうそ)猫(ねこ)を噛(か)む』と云う言葉もあるとおり、表面はおとなしく権力に対し従順な様子を見せながらも、この人達が一旦決起し立ちあがった時には、いかなる権力も押さえきれないのです。それは彼らが立ち上がらざるを得ないときは、もはや、失うものは何一つ無い状態になっているからです。従って『激しい言動ゆえに≪中東の狂犬≫と呼ばれたリビアの最高指導者カダフィ大佐が、≪狂≫の度合いを増している現状を見れば分かるように、もはや大衆のパワーは抑えようがないのです。
何れにしても、激しい言動によって≪中東の狂犬≫と呼ばれたカダフィ大佐の独裁40年は長すぎた。エジプトのムバラク大統領が三十年、中国の一党独裁や北朝鮮の世襲による半永久的な独裁に対して、我が国は毎年のように首相が変わる。これでは世界は日本に対し誰を相手に話をすれば良いかが分からず、かと云って、あなたは何時まで首相を続けられますか?と聞く訳にもいかず、我が国の首相と対面した彼らは大いに面食らうことでしょう。
ところで、話を独裁者問題に戻しますがこれについて読売新聞特別編集委員・橋本五郎監修の『世界の独裁国家がよく分る本(PHP文庫)の≪はじめに≫に書いてあるようにその本文を読めばなるほど…と、納得せざるを得ない部分があります。では、その≪はじめに≫の『今、なぜ「独裁国家」なのか…』の中から著者には失礼とは思いますが、その一部を抜き読みしてみますと次のように書いてあります。
『「独裁」という言葉は、ローマの共和制時代から始まったといわれています。
共和制のローマでは、元老院が実権を握っていましたが、戦争や内乱があった場合、合議制をとっている元老院では臨機応変の処置がとれないということで、期間を限って、ひとりの「独裁官」を任命し、非常の大権を与えました。「独裁官」は戦争や内乱が終われば、与えられた独裁権を返還しました。このようにローマの独裁は、特定の目的のため、憲法上設けられた一時的、例外的な性質を持っていました。なかなか考えた知恵だと思います。
現代に生きる私達は、「独裁」をローマの時代とは違うイメージをもって語っています。ひとつは、ヒトラーのナチス・ドイツや、ムッソリーニのイタリア・ファシズムのように「体制としての独裁」です。もう一つは、「プロレタリア独裁」という共産主義の独特の概念です。どちらも永続きしませんでした。
こうしたことを理解したうえで、この本では、学問的に厳密な「独裁」ではなく、もっと広い概念として考えています。…以下略…』と書いていますが、ぜひ一読をおすすめしたいと思いますので、参考のためその中から、今話題の「独裁者中の独裁者リビアのカダフィ大佐」の項について少し触れてみましょう。
それは『アフリカの独裁国家』と云うタイトルに続いて、イントロでは≪貧困、教育の普及の遅れ、そして部族間の紛争。その原因の多くは前世紀の植民地支配にあり、それがアフリカの独裁国家を成立させる温床となっている。≫と、述べたのち、概略次のように書いています。
≪アフリカ地域の国々の多くは、かつて十九世紀にイギリスやフランスなどのヨーロッパ列強の植民地となった。植民地の支配者達は、現地の住民の多数に対して単一作物の農場労働などを押しつけ、教育の普及は遅れた。
多くの国では全体的な教育水準が低く、産業は未発達で国民の貧富の差は激しい。そもそも国民が自分の手で政治を動かす経験も乏しいため、必然的に一部の階層が権力を独占しているケースが多い。また、アフリカには多くの部族が住むが、現在のアフリカ諸国の国境は、植民地時代に列強諸国が勝手に引いたもので、現実の部族の居住区域と一致しないため、部族間の衝突が絶えない。このため、軍人が政権を握りやすく、平和的な民主政治が定着しにくい。そして『議会も政党もないふしぎな政治体制』として、リビアの独裁者カダフィは、世界の現役国家指導者では、じつに四十年という最長の政権を誇る人物だ。リビアは、1969年にカダフィ大尉(当時)を中心とした青年将校団の無血クーデターで君主制から共和制に移行した。このときカダフィは二十七歳で、以後ずっと、リビアの最高指導者の座にいる。…中略…カダフィを中心とした革命評議会政権は、まずリビアの石油関連企業を国有化。さらに国内に駐留していたアメリカ軍などの外国軍隊や、国内のイタリア人、ユダヤ人などを追い出した。そして、アラブ・ナショナリズムと社会主義を掲げた独自の政策を進める。これは、旧ソ連や中国の社会主義体制とも異なり、部族や血縁集団といった昔からの地域共同体を生かしながら、直接民主主義によって国を運営するというもので、欧米諸国のような意味での政党も議会も政府も存在しない特異な世界なのです。
ところで今月の八日(日)は母の日です。そこで思うのが、父母の恩徳を書いてある『父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)』の中に次のような部分があります。
では、その一部を読んでみましよう。『若(も)し夫(そ)れ子(こ)のために止(や)むを得(え)ざる事(こと)あれば、自(みずか)ら悪業(あくごう)を造(つく)りて悪趣(あくしゅ)に墜(お)つることを甘(あま)んず。若(も)し子(こ)遠(とお)くへ行(ゆ)けば、帰(かえ)りて其(そ)の面(おもて)を見(み)るまで、出(い)でヽも入(い)りても之(これ)を憶(おも)い、寝(ね)ても寤(さ)めても之(これ)を憂(うれ)う。己(おの)れ生(しょう)ある間(あいだ)は子(こ)の身に代(かわ)らんことを念(おも)い、己(おの)れ死(し)に去(さ)りて後(のち)には、子(こ)の身を護(まも)らんことを願(ねが)う。是(かく)の如(ごと)きの恩徳(おんとく)、如何(いか)にして報(むくゆ)うべき。』と…。しかし、すでに津波によって流された子は、もはや親に会うことも叶わず。一方、母を失った子は泣けど騒げど母は帰って来ないのです。
そこで五月八日の≪母の日≫の「産經抄」を読んでみましょう。
『今日(5/8日)は『母の日』ということで、「国母(こくも)さま」という古い言い習わしを思い出した。天皇の母、つまり皇太后を指す場合のほか、国民の母と言う意味で皇后のことも言う。▲以前、歴代の天皇に国民の生活をおもいやる「民のかまど」の精神が受け継がれていることを書いた。近代では、後に昭憲皇太后と呼ばれる明治天皇の皇后がそうだ▲明治37年、明治期最大の国難といえる日露戦争が始まると、その行方に心を砕かれた。自らは包帯を戦場に送ることに専念される。産経新聞連載の≪教科書が教えない歴史≫によると「宮中の一室は包帯製作室と化し夜を徹して包帯作りに精励(せいれい)された」という▲天皇陛下とともに大震災の被災地を訪問されている皇后陛下にも「国母さま」の言葉がピッタリという気がする。ご体調は必ずしも万全ではないはずだが、ヘリコプターで各地を回られる。律義に両膝をついて、見舞いや励ましの言葉をかけられる▲一昨日(5/6)、岩手県釜石市の避難所で震度≪3≫の余震があった。近くにいた松田節子さんは、思わず皇后さまの手を握ってしまった。皇后さまはしっかり手をとったまま周囲に「落ち着いてください」と声をかけられたという。松田さんにとって生涯忘れられないぬくもりだろう』と書いていますがこれが≪日本の皇室であり国母さま≫なのです。
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