【平成二十三年一月】の定例法話会・テキスト
知られざる『イエス』の意外な屈辱
≪教会では一度もその話は聞かされなかった‥・と、作家・曽野綾子は言う。≫
混迷と激動の一年も過ぎ、何とか新しい年を迎えたものの、今年は心の底から≪明けましてお目出とうございます。≫と、素直に挨拶を交わすことに、何となく抵抗感を感じていたのですが、それは一言で云えば、この一年、菅総理が自ら記者団に語ったコメントで、『自分の半年の政権は仮免許だった‥・』と自戒の念も込めて述べていたように、あれもこれも、うやむやの内に先送りされ、政治も経済も雇用も未解決と云う霧の中を、私たち日本国民は国と云う名の大型バスで、仮免許しか持たないペーパー・ドライバーに命を預けて新しい年を迎えなければならなかったジレンマからかも知れません。
そして、老いも若きも、国中の誰もがこの仮免内閣に対して、危なっかしさともどかしさを感じている中、しいて明るい一筋の光を見いだそうとすれば、それはノーベル賞を授賞された根岸・鈴木のお二人の先生と、小惑星≪イトカワ≫からの帰途、一時は通信も途絶えるなど宇宙を迷走し行方不明になると云う予想外の困難を乗り越え帰還した≪はやぶさ≫は、我が国の宇宙科学の快挙であり勝利であるばかりでなく、我が国の宇宙科学の歴史上、燦然と輝く偉大な一頁を記録したと云うのに、地上の世界の我が日本では、もたもた、よたよた、と何一つ解決出来ぬばかりか、ますます混迷の度合いが強くなる中、しかたなく新しい歳を迎えてしまった…。と云う悔悟(かいご)と逡巡(しゅんじゅん)の心が、いまだに胸の奥につかえるような閉塞感が漂っているような気がしていたからかも知れません。
それでも、明日の希望が一向に見えない混沌とした不況の渦の中を、何とか希望だけはつなぎ止めようと、初詣だけは今年も伊勢神宮をはじめ、国内の神社仏閣への初詣に参拝する人々は大賑わいで、むしろ例年より人出は多かったようですが、これも、昔から言われるように≪苦しい時の神頼み‥・≫と云うことなのかも知れません。そこで、問題の≪神頼み≫について考えてみますと、それは洋の東西を問わず、皆さんが眼に見えない、神秘的なパワーに対する畏敬(いけい)の念から来る神仏への信仰の心は、キリスト教やイスラム教のような一神教であろうと、仏教やヒンドウ教のような多神教であろうと、信仰する心には変わりなく、まして、日本の神道への心は、私達日本人の心の奥底で、現在も脈々と息づいている事は、今年も新年早々『お伊勢さん参り』をした際に直接自分の目で確かめて来たことですが、その混雑ぶりは、例年、大晦日から元旦にかけて深夜の十二時をはさんで、外宮から内宮へとお参りする二年参りや、三が日の大混雑は別として、七草も過ぎた八日になっても参拝者の数の多さは、数十年もの間、一度も欠かさず連続参拝を続けてきた私の経験の中でも、その混雑ぶりは、この時期としては、初めてと言ってもよい体験で、ことに内宮の御正殿(ごしょうでん)の石段下では、順番待ちで大渋滞状態でした。
それはそれとして、昨年暮れの≪産經抄(12/25)≫に掲載された「コラム」に宗教の成立とその歴史を考える上で大いに考えさせられる部分がありましたので参考のために引用してみますと、その内容は『昨日(12/24)の1面で曽野綾子さんが書いていたように、12月25日のキリストの誕生日には異論が多い。聖書によれば、近くで野宿していた羊飼いたちが真っ先に天使からその知らせを聞いたという。だが12月のベツレヘム辺りは寒くて野宿などできない、というのも一例だ▲曽野さんに言わせればそんなことはどうでもいい。生誕の背景に思いを寄せることの方がずっと大切なのだ。実際、世界中のキリスト教徒たちはその誕生日が正確にいつなのかにかかわりなく、2千年間、キリストヘの信仰を守ってきたのである。』と敬虔(けいけん)なクリスチャンでもある曽野さんが、この文の最初に書かれていることに驚きの感を強くしましたが、かたや同じ世界宗教の中の一つである≪仏教≫でも南伝と北伝の仏教では、お釈迦さまの誕生が百年もの違いがあります。しかし、こちらも同じことで、お釈迦さまのお生まれが、仮に百年早かろうと遅かろうと、その教えには何ら支障はないのです。
むしろ、それにこだわるほうが、お釈迦さまのお生まれになった、インドと云う国のことがまったく分かっていない人の考え方だと言えるでしょう。
では、その問題の産經抄(12/25)が取り上げた≪曽野綾子さん≫の一文を読んでみましょう。それは『小さな親切、大きなお世話』と云うタイトルで書かれた一面掲載の一文で、それを最初から最後まで通して詳しく読んでみますと『クリスマスはイエス誕生の日だとされているが、実は多分12月25日ではないだろうという説が一般的である。天文学者や人文学者たちがそれぞれに学説を立ててはいるが、そのほとんどは12月25日ではない。しかし私のような素人は、それが何日であろうと、実際のイエスの生年が紀元前の何年であろうと、どうでもいいと思う。それよリイエスの生誕の背景は実際にどのようなものだったかが大切なのである。』私はカトリックの学校に育ったが、昔のカトリック教育がついぞきちんと教えなかったのは、イエスがユダヤ教徒だったという点である。イエスはユダヤ教を誠実に守り抜く意思を示しているが、同時に、信仰に生きた命を吹き込んだという点で、革命的な思想の持ち主であった。私が深く教えられなかった重大な点が告げるものは、マリアが許婚(いいなずけ)のヨセフと生活を共にしないうちに、天使のお告げによって懐胎(かいたい)した、ということである。
その時から起こった深刻な社会的悲劇と差別をもろに受けたのがイエスの生涯だったということを、私は教えられなかった。当時、結婚式を挙げる前に許婚(いいなずけ)同士が同居することはよくあったというが、そのような事実のないうちにマリアが身ごもったので、それはマリアがヨセフを裏切って他の男と通じた結果ではないかと人々が疑っても仕方がないところがあった。
セム族の社会は(注:広辞苑によると‥・セム語系の言語を話す諸民族の総称で、アラビア人・エチオピア人・ユダヤ人が含まれ、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教を生んだ。)結婚までの女性の処女性を深く重んじたから、マリアがヨセフという未来の夫が決まっていながら、その人の子ではなさそうな子供を身ごもったとしたら、それは、スキャンダル以上の危険なことであった。ヨセフが、「マリアのことを表ざたにするのを望まず」マリアを「迎え入れ」なかったら、マリアは重大な社会的制裁をこうむっても仕方がない事件である。しかしマリアは、ヨセフの庇護のもとに、世間的には2人の間の子供と思われる赤子を生んだ。
ナザレという小さな、退屈極まりない村では、ちょっとした事件も簡単には人の口からも心からも消えるものではない。今なら、未婚の母は「新しい生き方でいいじゃないの」として受け入れられる。しかし当時、姦通は、石打ちの刑に処せられるほどの罪であった。だからいくらヨセフが庇(かば)っても、イエスはずっと「姦通の子」と疑われたまま成長した可能性は高い。それは現在の私たちには想像もできない屈辱で、イエスはその出自(しゅっじ :うまれ)のゆえに、犬の子、豚の子以下の侮辱(ぶじょく)を受けて一生を暮らしたはずである。その苦しみを、私は教会から全く教えられなかった。私は後年、歴史的なユダヤ教を、ラビ(ユダヤ教の教師の総称)たちの口伝を2世紀に集大成した『ミシュナ』から学び、さらに後年同じセム族(セム語系の言語を話す諸民族の総称)の意識を持つアラブ社会(セム系の遊牧民の総称で現在ではアラビア語を使用する人々の総称)の現実に触れて、イエスの生涯の苦悩も現実的に見えるようになった。日本人の見るクリスマスが、どれほど浮ついたものか。イエスの生涯は、十字架上の苦悩の死だけでなく、いわれのない屈辱を一身に背負って生きることだったのである。 (その あやこ)
と、このように名入りで、私達も知らなかった一文を寄せておられますが、本来は敬虔(けいけん)な≪クリスチャン≫でもある彼女になぜこのような一文を書かせたのかと推測すると、ご本人が以前おっしゃっていた事から考えて見ると、曽野さんは、≪イエス≫の教えを、より深く知るため、他言語や訳者の私見の入らない、本来ギリシャ語で書かれた原典を読むために必死でギリシャ語を学び、それを読破されたと聞いています。
これは≪弘法大師空海≫が『唐(とう)』の国へ行った際、釈尊の教えをインドの経典を通して直接その真髄を学びたいと考えたのと同じことでしょう。
それは、当時インドから来ていたインド僧から古代インドの言語である「サンスクリット」や「パーリー語」を学び、釈尊の真実の教えを中国僧の訳したものではなく、直接、古代インドの言語を通じて釈尊の教えに直(じか)に触れようとしたのと一脈相通じる所があるように思えます。ところで、曽野綾子氏が言うように『イエスに被(かぶ)せられた意外な屈辱』についてですが、この問題の本質をクリアし乗り越えるヒントが、何と古代エジプトの『オシリス神話』の中にあるのではないかと思えてならないのです。
では、その『オシリス神話』の中にはいったい、どのようなことが記されているのか、その概略を簡単に書いてみましょう。
ところで『古代エジプトの神話を語る場合、まず「イシスとオシリス」の話を語らなければなりません。それは「オシリス」が妹の「イシス」と夫婦になり、善政をしき民衆の支持を得るのですが、それを嫉(ねた)んだ弟の邪神「セト」によって殺され、バラバラにされたのですが、それを妹で妻でもある「イシス」よって体をつなぎ合わされ、ミイラとなって復活するのですが、ふたたび、弟の「セト」に殺され、今度はバラバラにした「オシリス」の体を砂漠中にばらまき、しかも、体の大切な部分をナイル河に捨てたところが、それを鰻(うなぎ)(鯰なまずと云う説もあります)が食べてしまったと云うのです。』
再び、妻「イシス」によってミイラとなって生き返った「オシリス」は、やがて長子「ホルス」が生まれました。ところが、そこで問題になったのは「オシリス」には、男性としての肝心なところが鰻(うなぎ)に食べられてしまいありません。
そこで、天の神々が集まり相談しました。その結果は、神々の世界では、ままありうる事だとして「ホルス」の誕生を「オシリス」の子として容認しました。
これが、聖母「マリア」の受胎告知の正当化につながったとも考えられます。
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