【平成二十二年十月】の定例法話会・テキスト
日中でこんなに違う『儒教の教え』
≪先ず『相手に悪い』と考える日本と、それでも『相手が悪い』という中国≫
九月の法話会の中で、「嘘(うそ)」を裁くべき立場の検察の主任が、自ら描いた捜査のシナリオに合わせて、重要な証拠物件の内容を勝手に改竄(かいざん)し、ついに逮捕され、加えて「日中」間のやくざも顔負けの「ゴリ押し」「インネン」「横車」と云う手法で強引に自己の正当性を通すと云うとても真の民主国家には程遠い無理難題を相手に突き付ける傍若無人ぶりは目に余るものがあると思います。
そこで、先月も書きましたが、最近とみに≪ウソ≫と駆け引きで塗り固められた感のある『日中』間の問題について、日中の真実に関する加藤英明氏と「元中国人」石平氏による対談集『ここまで違う日本と中国』を先月に引き続いて読み返した上で、念のため(かんき出版)から刊行された長尾剛著の≪論語一語≫を読んでみても、『そうか‥‥やっぱり‥・』と納得させられる部分があります。
それは、この本の090の部分に書いてある『父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きことその中にあり。』の部分で、同書の解説によると≪子が過ちを犯しても、父はその子をかばいたい。父が過ちを犯しても、子はその父をかばいたい。それが本当の人の情なのだから、それは間違っていない。家族は家族をかばうべきである。いったん罪を犯した者を、もし家族までが見捨ててしまったら、その者は二度と立ち直れないだろう。そして償いもできないだろう。家族の愛を感じられてこそ、人は罪の重さを自覚でき、償いもできる≫と書いていますが、ここに決定的な欠落の部分があるのは、父と子の罪や間違いを隠すのではなく、親が子を、子が親を諌(いさ)め正すと云う人間として大切な部分が欠けているように思えてならないのです。そこが、日本と中国の違いであリ、彼・我の価値観の差を生みだしていると考えざるを得ないのかも知れません。
例えば≪公≫の考えを大切にする日本と、≪私≫しかない中国の考え方の違いでしょう。この対談のお二人は≪論語≫にある≪父親が羊を盗む話≫をあげて説明しています。それは、ある人が孔子に≪友人は正直者で父親が隣の人の羊を盗んだことを知って、父親を告発しました。≫と告げました。すると孔子は次のように言って怒ったのです。『何よりも≪孝≫が大事だ。父親がどんなに悪いことをやっても、外に言ってはいけない‥・』と。これについて石平氏は『孔子は≪公≫を無視している…』と言う。これとは反対に、中国とは別の儒教を作り上げた日本人は、≪孝≫よりも≪公≫に尽くし≪忠≫を重視してきたという。とかく、何か事が起きると、日本人が『相手に悪い…』と思うのにし、中国人は『相手が悪い…』と思うのだそうです。明らかに≪公≫と≪私≫の精神の違いではないかと云う。そう考えると、先月もお話しした内容と重複するようですが、再度述べてみますと沖縄の尖閣諸島(せんかくしょとう)沖での中国漁船衝突事件での中国側の態度の、理不尽で身勝手なゴリ押しの対応の仕方はよく分かると思います。それは、現場が日本領海であるとか、国際社会の秩序に従うといった≪公≫の気持ちはさらさらなく。あくまでも中国式の儒教の考えに基づき、ただ自国の船を守り、日本への圧力を高め、自国の中央政府への鬱憤(うっぷん)を晴らすためのガス抜き効果を狙った計画的戦略によって、中央への不満の高ぶった≪私≫の規準の矛先をかわし、目先の出来事にターゲットを集中させて、中国人民の意識を国外の問題に集中させて騒ぎを起こさせて、自国民の意識をチベットやウイグル自治区に対する不平不満や国内の経済格差問題の不満から目を反らさせるために日本を恫喝(どうかつ)して見せているとしか思えないのです。
以上産経新聞の(9/22)のコラム『産経抄』と関連出版物を参考にしました。
ところで、この≪私≫を中心に据えた、我が日本とは異なる中国儒教の孔子の教えのバックボーンには、仏教とは異なる部分があり先にあげた「長尾剛氏」の『論語一語』の中の≪孔子の生涯D≫で見てみますと、次のようになります。
*≪最後まで波乱に満ちた人生≫と云うタイトルに続いて、孔子が、最大で三千人もの弟子を抱えるようになると、中国大陸中の人々が孔子を敬い、超一流の学者、教育者として賞賛しました。しかし、それでも彼は政治家の夢を捨てきれなかったのです。その後も彼は、必死に就職活動を続けました。そしてようやく、故国である、魯国の大きな地区の長官に就くことができました。
このとき孔子、五十二才。あまりにも遅咲きの人生でした。彼の政治的手腕は、さすが見事なもので、その地区はじつによく治まったと云います。ところが、またも大きな試練が襲いかかります。夢を叶えてからわずか四年、魯国で大きな政変があり、彼は政敵に追われて、国外逃亡を余儀なくされたのです。そしてそれから十匹年間にもわたる放浪生活がはじまりました。この旅に同行した弟子もいれば、魯国に残って役人となった弟子もいました。…中略…それは長きにわたる過酷な放浪の旅でしたが、旅先では新たな士官の道は見つけられませんでした。…』このような孔子の執着心が、弘法大師に『三教指帰(さんごうしいき)』の中で、優劣を付けたのは儒教ではなく、そして呪術をも含んだ中国の民族宗教でもなく、仏教の中に真の教えと悟りへ至る道を見い出させたのでしょう。
その間の≪儒≫から≪道≫へ、そして≪仏≫へと進む、弘法大師の論理的発展の経過を著したのが、大師二十四才の時の著作『三教指帰(さんごうしいき)』で、これは数多くある空海著作中の処女作で、全部で上・中・下の三巻から成っています。
この題名の『三教(さんごう)』とは、≪儒教(じゅきょう)・道教(どうきょう)・仏教(ぶっきょう)≫の三つの教えを言い、当時の日本における三大思想であり、これに日本古来の神の道が加わって多くの人々の精神的バックボーンになっていたのです。
若き日の空海は、三教指帰の中でこれら三つの思想を順次紹介しながら、最後には、仏教が最も優れた教えであり、究極の道であると紹介しています。
これは、≪儒(じゅ)≫から≪道(どう)≫へ、そして最後に≪仏(ぶつ)≫ へと、段階的ないし弁証法的(弁論によって弁別検証して証明すること)方法によって展開される思想体系書であって、一種の宗教批判書でもあると考えられるでしょう。
ただし、ここで注意しなければならないのは、空海はあくまでも最後の仏教だけを認めて、第一、第二の儒教や道教の考えを捨て去るのではなく、それらの教えは教えとして認めながらも、それぞれの立場には一定の限定の範囲内で容認しつつも、最終の仏教をして究極の価値観を持った教えであるとしています。
その意味では、この著作は単なる対比や批判の書ではなく、空海が示すマンダラの精神とも合一性を持ち、しかも、密教の二大根本経典の一つ『大日経』にある≪この世に無駄なものは一つもない≫と云う教えにも合致するのです。
さらに、この本が空海の処女作であるのにたいし、最後の著作は『秘密曼荼羅十住心論(ひみつまんだらじゅうじゅうしんろん)[全10巻]』と云う大作で、この具名(フルネーム)が示すように、マンダラの精神を中心に据えた構成になっています。
しかも、この空海最後の著作は、人間のさまざまに乱れ移りゆく心の空(うつ)ろさを十段階に分けて≪十住心≫としつつも、単なる段階的対比による心の形成過程による優劣ではなく、たとえ第一段階の者であっても、自らが自覚さえすれば、究極の第十段階と同一の精神的範囲に入ることができる、と説いています。
これらの構成内容から見て、空海はすでに二十四才の時の処女作『三教指帰』の中で、生涯を通じての全思想に通じる洞察力とその方法をすでに見通していたと言うべきで、これが仏教学者で哲学者でもある『梅原毅先生』をして、我が国で世界に通じる唯一の天才と言わしめた所以でしょう。
この精神があってこそ、密教の核心でもある≪即身成仏≫が可能なのです
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