【平成二十二年七月】の定例法話会・テキスト
『仏伝以前』に『禊(みそぎ)の行』はあった
≪身体を浄(きよ)める水も、お墓で使う水も、古代神話の禊(みそぎ)が起源だった。》
今年も、別名「民族の大移動」と云われる『お盆』の季節がやってまいりました。そこで、この帰郷ラッシュを通じて、多くの皆さんがご先祖のお墓参りに行かれる際に、ほとんどの方達はご先祖への感謝と畏敬の念をこめて、口や手を水ですすぎ、そしてお墓に水をかけるでしょう。中には生前お酒が好きだったと墓石に直接お酒をかける方もいらっしゃいますが、これだけは絶対に止めてください。それはご先祖の魂が宿る大切な墓石を痛めるだけだからです。
その場合は、お墓の前に心を込めてお供えしてあげてください。そうすればご先祖様も、大好きだったお酒をゆっくりと召し上がれるでしょう。
さて、それでは頭書のタイトルにも書いておきました『浄(きよ)めの水』の起源についてお話ししてみることにしましょう。それは、今から遥(はる)か昔の神代(かみよ)の時代を書き記した日本最古の≪古事記≫にまで遡(さかのぼ)らなくてはなりません。
その≪古事記≫の記述によりますと、まだ世界が混沌としていた時代の、天と地が分かれた直後、多くの神々が天上界の高天原(たかまがはら)が地上世界に現われては姿を消したのち「イザナギ」と「イザナミ」と云う男女の神が登場します。
それまで現われた神々を、神世七代(かみよななよ)と言いますが、最後に現われる「イザナギ」と「イザナミ」を除いては、すべて男女に分かれる前の神だったり、独身の神だったので国を生むことができず、次々と姿を消していたのです。
そして≪神世七代≫の最後に現れた「イザナギ」と「イザナミ」の二柱(ふたはしら)の男女の神々は、天の神〈アメノミナカヌシ以下五柱の神〉から国土を固めよ との命をうけて、二人の神は天と地をつなぐ天浮橋(あめのうきはし)に立ち、神聖な矛(ほこ)を指しおろして、海水をかき混ぜて引き上げると、矛先から塩が滴り落ちて、小さなオノゴロ島ができたのです。早速、島に降り立った二人の神は、天御柱(あめのみはしら)という神聖な柱と八尋殿(やひろでん)と云う神殿を建て「イザナギ」は「イザナミ」に向かって≪お前の体はどのように出来ているのか‥・≫と尋(たず)ねたのです。
もっとも、それまでの神々は、男女に別れていませんでしたので、この質問も当然のことだったのでしょう。そこで「イザナミ」は「イザナギ」に向かって、≪わたしには、なりなりて、なりたりぬところがあります≫と答えました。
すると、今度は「イザナギ」が≪わたしには、なりなりて、なりあまりたるところがあります…≫と答え、そこで「イザナギ」は続けて≪それなら、なんじのなりなりて、なりたりぬところを、じぶんのなりなりて、なりあまりたるところでふたぎ、くにうみをすればよいではないか・‥≫と、お互いの体の足りない部分と、余っている部分を合わせて国を生もうではないかと話し合いました。
そして「イザナミ」が最初に産み落したのが淡路島で『これは古事記より八年ほどあとに書かれた日本書記にも同じように書かれています』そして、次に四国を生み、さらに続けて九州から佐渡などの島々を生んだ後、最後に本州を生み終え、続いて「木の神・石の神などの自然神を生んだあと、最後に『イザナミ』は、命がけで≪火の神≫を生んだのです。
ところが、ここから幸せだったこの二柱(ふたはしら)の神々の悲劇が始まるのです。
ことの起こりは「イザナギ」の愛する妻「イザナミ」が≪火の神≫を生む際に、次のようなことが起こったのです。それは、愛する妻「イザナミ」が≪火の神≫を苦労して生むとき、彼女「イザナミ」は、自らの子宮から産道にかけて、自分の命に関わるほどの大火傷をし、瀕死(ひんし)の重症を負ってしまったのです。
結果としてそれが元で「イザナミ」は命を落とし、黄泉(こうせん)(よもつくに…とも言い、死者が住むと信じられた国)へ旅立ってしまったのです。
愛する妻「イザナミ」を忘れられない「イザナギ」は、妻が旅立ってしまった黄泉国(よみのくに)へと赴(おもむ)き、妻の姿を捜し求めます。そこで「イザナミ」と再会した「イザナギ」は、妻に≪まだ国を作り終えていない。一緒に帰ろう≫と誘いますが、すでに≪ヨモツヘグヒ(黄泉国(よみのくに)の食ベ物をロにすること≫をしてしまった「イザナミ」は帰ることができません。しかし「イザナミ」も夫を忘れられず、黄泉(よみ)の国の神に相談してくると言い、ただし、私が戻ってくるまで待っている間、絶対に私の姿を見ないように言って奥に姿を消したのです。
見ないで!と言われると、なおさら見たくなるのは、人間も神も変わりはないようで、しばらくはじっと我慢をして「イザナギ」は待っていましたが、とうとう、どうにも我慢ができなくなり、こっそり覗いてしまったのです。
すると、そこには思いもかけぬ、妻「イザナミ」の姿があったのです。それは、「イザナミ」の身体には、全身ウジがたかり、頭や胸などの上には八つの雷神の姿をした魔物が宿り、跳びはねる醜い姿があったのです。
その姿を見て腰を抜かさんばかりに驚いた「イザナギ」は、慌ててその場から大急ぎで逃げ出しました。それを知った「イザナミ」は、自分に恥をかかせたと思って激怒し、追っ手を差し向けましたが、間一髪のところで「イザナギ」は黄泉国(よみのくに)と地上の世界を隔てている、黄泉比良坂(よもつひらさか)まで、やっとの思いでたどりつき、そこにたわわに実っていた桃の実を追っ手に向かって投げ付けました。すると追っ手の連中は蜘蛛の子を散らすように逃げていったのです。(当時は、中国思想の影響で桃には邪気を祓う力があると信じられていた。)
こうして「イザナギ」は無事に黄泉国(よみのくに)を逃れることが出来たのですが、これで終わりでは無かったのです。それは、やがて怒りに燃える「イザナミ」が、髪を逆立て鬼のような形相で、自ら迫ってきたのです。そこで「イザナギ」は、黄泉比良坂(よもつひらさか)を大きな岩で塞いで難を逃れました。
そこで、巨大な岩で隔てられた二柱(ふたはしら)の神は、永遠の別離を交わす条件として「イザナミ」は≪あなたの国の人を、一日千人づつ殺します≫と恨みを込めて言えば、「イザナギ」も≪私は一日に千五百人の産屋を建てよう≫と応じ、日本初の国土と多くの神々を生んだ夫婦神は、ついに決別したのです。]
やがて、黄泉(よみ)の国から戻った「イザナギ」は≪私も汚(けが)らわしい国に行ったものだ。身を清めよう≫と決意し、神社で神官が祝詞に先立ち厳かに奏上し唱える祓詞(はらへことば)の『掛(か)けまくも畏(かしこ)き伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばなの)小戸(をど)の阿波岐原(あはぎはら)に御禊祓(みそぎはら)へ給ひし時(とき)に生(な)り坐(ま)せる祓戸(はらへど)の大神等(おほかみたち)諸諸(もろもろ)の禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ)有(あ)らむをば』と書いてあるように、九州の日向にある「橘の小戸の阿波岐原」にある清流で、「イザナギ」が黄泉国(よみのくに)の汚(けが)れを清めようと禊を行い、身も心も清めたのです。しかし、その際、黄泉国(よみのくに)の汚(けが)れの付いた衣服や装飾品を水辺に脱ぎ捨てておいたところ、その衣服から十二神が、衣服に付いた垢からは、十一もの邪気妖気の漂う邪神・悪霊たちが生まれ、これが後々悪さをするのです。
しかし、一方「イザナギ」は、清らかな清流の上流から下流へと、水面の上から下へ、そして中程へと水中を異動しながら完全に身を清めたのです。
この清めの所作(しょさ)が、現在の滝に打たれる滝行や、荒行として知られる寒中の水行となって引き継がれているのです。
ところで、心ゆくまで身を清め終わった「イザナギ」が、水から上がって自らの左の目を洗うと「天照大神」が生まれ、右の目を洗うと「月夜見尊(つきよのみこと)」が生まれ、最後に鼻を洗うと「須佐之男命(すさのおのみこと)」が生まれました。
さすが、汚(けが)れた衣服から生まれた邪神や悪霊とは違います。
そこで「イザナギ」は、この優れた三神に役割を与えました。まずは長女の「天照大神」には高天原を治めるように言い、次の「月夜見尊」には、夜の世界を治めるように言い、最後に「須佐之男命」には海を治めるように命じます。
ところが、「須佐之男命」は、どうしても言うことを聞きません。
せっかく「イザナギ」が、貴い子ができたと喜んでいたのに「須佐之男命」は泣き喚くばかりで、自分に与えられた海原を治めようとしません。しかも、その天地を轟かすような号泣で、緑ゆたかだった山は枯れ木の山となり、自分が治めるべき海も、そして国中の川という川までも「須佐之男命」の涙となって、かれてしまう程でした。すると、この時とばかりに災いの神達が騒ぎ始め、災禍が世界を覆いつくさんばかりでした。
これには、さすがの「父、イザナギ」も、業を煮やし≪なぜそのように泣き喚くのか≫と、叱責すると「須佐之男命」は、自分は亡き母の国へどうしても行きたいと毎日大声で泣いてばかりいたのだと答えます。
この「須佐之男命」の≪マザコン的返答≫に、父「イザナギ」は激怒し、それなら母の国へ行け、と、ただちに母「イザナミ」のいる黄泉国へと彼を追放してしまいました。
父「イザナギ」に追放された「須佐之男命」は、姉「天照大神」のいる高天原へ暇(いとま)乞(こ)いの挨拶に出向きましたが、荒々しい「須佐之男命」のことですから、その一足ごとに大地を揺るがすばかりの足音を響かせて昇ってきます。
そのあまりもの激しい足音に、その間の事情を知らない、姉「天照大神」は、仰天して、もしかしたら、弟の「須佐之男命」が、自分の治める「高天原」を奪い取ろうとして昇ってくるのではないかと考えて「天照大神」は、勇ましく角髪(みずら)に束(たば)ね、その髪や手に勾玉(まがたま)を通した玉飾りを巻きつけ、背中とわき腹には矢が無数に入る武具をまとい「須佐之男命」が来るのを、いまや遅しと待ち構えていました。しかし、それも取り越し苦労だったと分かり、姉「天照大神」と弟「須佐之男命」は誤解も解け、それぞれの道へ戻りました。
以上、ここまで《水と禊(みそぎ)》話をしてきましたが、しかし、ここまでお話ししてきて、皆さんもお気づきのことと思いますが、これまでの話の内容に何か変だな、とか、本当にそんな不思議なことがあったのかと、お思いになられた方も多いと思います。とくに、なぜ「イザナギ」と云う男神が、なぜ三人もの子供を生むことが出来たのでしょう。しかし神話とはそんなものさとお考えの方もいらっしゃるかも知れません。しかし、古事記では、黄泉国から帰った「イザナギ」が、心身の禊(みそぎ)を終えたのち、右の目を洗い「アマテラス」を生み、次に左の目を洗って「ツキヨミ」を生んだのち、最後に「スサノヲ」の三神を生みました。
ところが日本書紀では「イザナミ」は死んでおらず、夫婦二神が仲良くそろって「アマテラス」ほか他の神々を生んだのです。
このように『古事記』と『日本書紀』の内容が、淡路島の誕生を除いては、かなりの違いを見せていますが、このような食い違いは世界の歴史の中では良くあることで、例えば、古代エジプトの≪神話≫では、死と復活を象徴する冥界の支配者で死者に対する裁きを行なう神「オシリス」が、弟の砂漠と暴風の神である「セト」に殺され、砂漠に放置されたとき実の妹で、妻でもある「イシス」が夫である「オシリス」の命を復活させたのです。しかし、再び弟の「セト」に殺され、今度は如何に「イシス」でも二度と生き返らせる事が出来ないように全身を「バラバラ」にして、砂漠のあちこちにバラマキ、おまけに「オシリス」の男性の大切な「シンボル」をナイル河に投げ込んで<ナマズ>に食べさせてしまったのですが、再び、妻「イシス」は、夫である「オシリス」のバラバラになった身体を集めて生き返らせました。しかし、一ヶ所だけ<ナマズ>に食べられてしまった部分が足りません。その後、この「オシリス」と「イシス」の間に、天空の神として「ホルス」が生まれました。しかし、ここで問題が起きました。それは、夫「オシリス」には男性としての大切な部分がないのに「ホルス」が生まれる筈がないではないか、と神々の間で問題になり、急いで天の神々を集め会議を開いたところ、神の世界では有り得ると云う結論になったのです。
この事例から見れば「聖母マリア」の処女懐胎も有り得ると云うことになるのでしょう。もっともお釈迦様も、ルンビニーで母のマーヤ様が美しい花を取ろうとして、ご自分のお手を頭上に延ばされたとき、右脇腹から「シッタールダ」後のお釈迦様がお生まれになったと伝えられていますので、仏伝も神話もその神秘性から云えば、同じようなことなのかも知れません。
最後に付け加えておきますが、手やロをすすぎ清める、手水の場所は日本中の神社には必ずあるのに、お寺にはそれが無い場合が多いのも、先にお話ししたように、この作法が神代の時代から引き継がれているからでしょう。
ちなみに、折角ですから、伊勢神宮の125社巡り案内の中から、正しい口や手の清め方の作法を書いておきますので、参考にしてください。
《お手水の正しい作法》に、@右手で柄杓を持ち、水をすくって左手を清め、次に左手に柄杓を持ち替えて右手を清めます。
A再び右手に柄杓を持ち替えて、左手の手のひらに水を受け、口をすすぎます。
B左手を清め、最後に柄杓に残った水で柄をすすぎ、柄杓を伏せて戻します
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