【平成二十一年八月】の定例法話会・テキスト
お釈迦様の慈悲を無にした『男』
≪芥川龍之介著の『蜘蛛の糸』に見る人間の哀(あわ)れな自我とその報い‥・≫
〈お釈迦さま‥・その2〉
ついにと言うべきか、とうとうと言うべきか、これほど民意を問うべき選挙も無しで、国民不在のまま次々とお手盛りで総理を取り替え、しかも二度も無責任に政権を投げだす者も居たり、その上談合政権まがいの方法で総理のたらいまわしの末、国民の支持を失い、やっと衆議院は解散になりました。
ところが、ことはそれだけでは収まりませんでした。今度は各党が無い知恵を絞って作ったマニフェストを巡って中傷合戦と云うていたらくです。
これで本当に日本は大丈夫なのかと思わせるような、まるで子供の喧嘩ではないかとしか思えない足の引っ張り合いに明け暮れる日々の連続です。
そこで思い出したのが、敗戦後の我が日本に進駐軍(占領軍)として駐留し、絶対的権力者として君臨したGHQを向こうに回し、一歩も引かずに吉田内閣を支えながら、当時の敗戦国の立場としての日本にとっては、絶対的権力者であったGHQの総指令官マッカーサー元帥に対し『日本は戦争に負けただけであって、奴隷になったわけではない』と、少しも臆(おく)することなく、堂々と言い放ち『従順ならざる唯一の日本人』と言わしめた≪白洲次郎≫と云う男でした。
そのマッカーサーをして≪日本人は十二才の少年のようだ。≫と米国の上院で言わしめた日本の政治家達は、今回の行動を観察するかぎり、いまだにお互いの政策やマニフェストに対する足の引っ張り合いで、まるで子供の喧嘩と同じでマッカーサーが言うように、未(いま)だ十二才から成長していないようです。
おりしも《幻冬舎》から小林よしのリ編の『日本を貶(おとしめ)た10人の売国政治家』と云う本が出ました。ただし、此ではご本人達の名誉のためにその順位と氏名は伏せるとして、いずれ皆さんが手に入れてお読みになれば、お分かりになることですが、その彼らにぜひ煎じて飲ませたい≪白洲次郎氏の爪の垢≫が、すでにこの世に存在しないのが残念でなりません。
前出の≪マッカーサー元帥≫がいみじくも言った、この十二才どうしの足の引っ張り合いの姿を見て思い出したのが、お釈迦さまの寓話を元にして、芥川龍之介の書いた短編『蜘蛛の糸』と云う作品でした。その内容は政治家だけでなく、私達にも貴重な教訓になりますので、その一部を書き抜いてみましょう。
『或日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。…中略… やがて御釈迦様はその池のふちに御佇(おたたず)みになって、水の面(おもて)を蔽(おお)っている蓮の葉の間から、ふと下の容子(ようす)を御覧になりました。…中略… するとその地獄の底に、鍵陀多(かんだた)と云う男が一人、外の罪人と一諸にうごめいている姿が、御眼に止まりました。この鍵陀多(かんだた)と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊(おおどろぼう)でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、或時(あるとき)この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路(みち)ばたを這って行くのが見えました。そこで鍵陀多(かんだた)は早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無闇にとると云う事は、いくら何でも可哀(かあい)そうだ」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。御釈迦様は地獄の容子(ようす)を御覧になりながら、この鍵陀多(かんだた)には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報いには、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸(さいわい)、側(そば)を見ますと、翡翠(ひすい)のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけております。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下ろしなさいました。 …中略… 何気なく鍵陀多(かんだた)が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗(やみ)の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るではございませんか。鍵陀多(かんだた)はこれを見ると、思わず手を拍(う)って喜びました。この糸に縋(すが)りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえ出来ましょう。そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。こう思いましたから鍵陀多(かんだた)は、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。
元より大泥坊の事でございますから、こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます。しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくら焦って見たところで容易に上へは出られません。稍(やや)しばらくのぼる中(うち)に、とうとう鍵陀多(かんだた)もくたびれて、もう一たぐりも上の方へはのぼれなくなってしまいました。そこで仕方がございませんから、先(まず)一休み休むつもりで糸の中途にぶら下がりながら、遥かに目の下を見下しました。…中略… ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限りもない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。鍵陀多(かんだた)はこれを見ると、驚いたのと恐ろしいのとで、暫(しばらく)は唯(ただ)莫迦(ばか)のように大きなロを開いたまま、眼ばかり動かしておりました。自分一人でさえ断(き)れそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪(た)えることが出来ましょう。もし万一途中で断(き)れたと致しましたら、折角(せっかく)ここへまでのぼって来たこの肝腎(かんじん)な自分までも、元の地獄へ逆落(さかおと)しに落ちてしまわなければなりません。そんな事があったら、大変でございます。…中略… そこで鍵陀多(かんだた)は大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。お前たちは一体誰に尋(き)いて、のぼって来た。下りろ。下りろ」と喚(わめ)きました。その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に鍵陀多(かんだた)のぶら下がっている所から、ぶつりと音を立てて断(き)れました。ですから、鍵陀多(かんだた)もたまりません。あっと云う間もなく風を切って、独楽(こま)のようにくるくるまわりながら、見る見る中(うち)に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。後には唯、極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光ながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。
御釈迦様は極楽の池のふちに立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいましたが、やがて鍵陀多(かんだた)が血の池の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうな御顔をなさりながら、又ぶらぶら御歩きになり始めました。自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、鍵陀多(かんだた)の無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰(ばち)をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅ましく思召(おぼしめ)されたのでございましょう。…後略… 』と、書かれていますが、これをどこかの国の≪政治家先生≫にぜひ聞かせたいものです。
ところで、前回お話ししたように、お釈迦様のご出身になった釈迦族は、南インドのポータラ城のオッカーカ王の第二夫人の四人の王子達とともに、第一夫人の陰謀によって城を追われ、各地をさまよった後、ヒマラヤの山麓に新天地を築いたと云う数奇な運命を背負っていたのです。そして、その地が現在のネパールの、インド国境近くにある「カピラバッツ」で、お釈迦様のお生まれになった「ルンビニー」はこの近くにあります。
その後、四人の王子のうち、三人は次々と世を去り、一番下の王子の別成が王となりました。それから歴代の王位が継承され、シンハハヌ王の時代になり、長男のシュッドーダナ(淨飯王)、次男シュクローダナ(白飯)、三男ドートダナ(斛飯)、四男アムリトーダナ(甘露飯)の四人の男の子と、甘露味と云う女の子が生まれました。
シンハハヌ王の後を継いだのは、長男のシュッドーダナで、やがて成人すると、このカピラ城からそう遠くない所にあるデーヴァダハ城から、同じ釈迦族のアヌシャーキャの次女「マーヤ」を娶り、二人の間に生まれたのが「シッダールタ」ですが、この母「マーヤ」はシッダールタが生まれて七日目に亡くなりました。その後新しい母として、亡き母の妹「マハープラジャパティ」が嫁いできました。この「シッダールタ」が後に仏陀となられ世の人々を救われたのです。
この「シッダールタ」には、父と母の妹(マハープラジャパティ)との間に生まれた異母弟ナンダ(難陀)がいます。又父の弟で次男のシュクローダナには、仏典でもたびたび登場するアーナンダ(阿難尊者)とデーバダッタ(堤婆達多)が居ます。こうして見て来ると、お釈迦様一族のご先祖をさかのぼって行くと、かなりの重さの宿業を、お釈迦様自身も背負っておられた事がわかります。
いろいろな宿業を背負って生まれて来たのは、私達だけではありません。
お釈迦様と同じ様な宿業をいただいている者として、私達も喜んで自分の宿業を乗り越えなくてはなりません。
考えてみれば、私達人間の生命は不思議なもので、一体、何の目的で、何処から来て、何処へ行こうとしているのでしょう。
しかし、現実に私達は今ここにこうして生まれ生きているのです。
そこで、私達が先ず一番先に考えなくてはならないのは、決して自分の意思でこの世に生まれて来たのではないということです。そして、宇宙の絶対なる生命エネルギー、いわゆる「大日如来」によって代表される「御仏」の御意思によってこの世に生を受けたのです、しかも他の動物や植物としてでなく、人間として生まれさせていただいたのです。しかし、人ひとりこの世に生まれ留まれる時間は、天地自然神仏の意思によって定められています。
この事は誰一人として、しかもただ一一つの例外もなく、必ず元来たところへ帰らなくてはならないのです。前回もお話し致しましたが、私達はこの世に生を受ける時、誰でもただ一人の例外もなく、いずれ必ず死を迎えなければならないと云う約束をして生まれてきています。私達が家を離れどんなに遠くへ、又、どんなに長い間旅行をしようとも、いずれ必ず自分の家へ帰るのと同じようにです。これはこの世に生まれた時からの、否、生まれる以前の母の胎内にその生を宿した時からの定めであり、これが天地自然の摂埋なのです。
人は年を取り死ぬのではなく、天地自然、神仏との約束を守るため、もと居た所へ帰って行くのです。私達にとって一番大切なのはその帰り方なのです。
人は死んでしまえば、その意識があるのか、ないのか残念ながら私は未だ試した事がないのでなんとも言えませんが、仏教で云う我々の意識をはるかに越えた第八阿羅耶識(根本識)のような世界では、当然その起承転結が問われそれ相当の報いを背負わなくては成らないと云う事になるのではないでしょうか。
ちょっと気になることを書きましたが、これは紛れもない事実ですし、それだけに私達にとって毎日の生き方が如何に大切かと云うことになります。
今の世は、とかく自分の努力以上に報酬を要求する風潮があります。人よりも楽な仕事をして、お金だけは少しでも多く欲しい。これでは仏様が一番お嫌いな貪瞋癡の三毒がそのまま着物を着ているようなものです。これは間違った自由思想と人間を堕落させる 結果平等主義 が大きな原因ではないでしょうか。
人は、すぐに平等を求めますが、それ自体決して間違っているとは思いません。しかしその平等思想が 結果平等 にのみ片寄る嫌いがあるのではないでしょうか。
先日ある人から明らかに 結果平等 による弊害とも思われる横車的な要求に付いての相談を受けましたが、折角一生懸命努力しても、適当に要領良くやっている人と評価が同じでは意欲を失うのは当たり前でしょう。このことはかつてのソ連の崩壊を見れば、結果平等が理屈の上の理想主義であって人の心の問題を全く考えなかった結果の当然の帰結だったのではないでしょうか。
人が努力をするのは、その結果に応じて正当に評価をされるからであって、評価の平等を願っているわけではなく、人の労働意欲を高め、研究開発や勤労意欲をも併せて鼓舞するのはチャンスの平等であって、結果平等ではないのです。
自分の人生で、仕事や恋や結婚に失敗したとき、或いは失敗しそうになったとき、先ず相手を恨んだり自分の不運を嘆いたりする前に、先ず自分の人生に対する未熟さを恥じるべきでしょう。
私達の日本には、昔から皆に親しまれてきた桃太郎の話しがあります。
この話しの中には、二つの大きなルーツと大切な教訓があります。その一つは死者の国である黄泉の国から逃げ帰るとき追ってくる鬼に向かって挑の実を投げて難を逃れたと云う話しで、もう一つは三蔵法師と孫悟空で有名な西遊記だと云われています。しかもその西遊記のルーツはと云えば、インドで今でも大切に語り継がれているラーマーヤナ物語で、その中に登場するハヌマ一ン猿が孫悟空のモデルだと云われています。この物語は、インドを中心にスリランカ、タイ、ビルマ、カンボジャ等の東南アジア諸国から、赤道を越えてインドネシア諸島、そしてパキスタン、アフガニスタン、ネパール、ブータン、世界の屋根を越えてチベット、シルクロードを通って中国から日本へと、ラーマーヤナ物語の心が脈脈と流れていることに東洋思想の大きな感銘を受けます。
今の世の中は、何かと云うと人権問題が話題になりますが、はたして生まれながらにして総ての人に平等に人権は存在するのでしょうか、もし、そうだとすればヤクザにも、或いは度重なる罪を重ねた為に何度となく刑務所の門を出たり入ったりして、人生の大半を塀の中で暮らしている人にも、一生懸命真面目に努力をしている人と同じように存在するということになります。
お釈迦様は『バラモンは生まれながらにしてバラモンなのではなく、その行ないによってバラモンなのである。』とおっしゃっています。
このお釈迦様のお言葉を、殺人犯の人権問題に置き換えてみますと次のようになるでしょう。≪人は生まれながらにして人権があるのではなく、その行ないによって人権は存在するのである。≫と云うことになるかもしれません。
これは、私達は生まれながら授かった人権を、自らの努力と生き方によって磨き上げ高めて行くことによって、天が授けた人権を完成させなさい。と、お釈迦様も言われているのでしょう。間違っても自らの人権を捨てて悪に走らぬことです。さらに、私達の一生の問題も同じようなことが言えるのではないかと思います。人は生まれたとき、親または名付け親から、これはお前の命だから一生懸命頑張り努力して幸せになりなさい、と云う願いを込めて名前が付けられます。そして、その一生を終えたとき、本人の生活態度や、行為、姿、形、あるいは生きざまなどの証として、あの世への履歴書として戒名が授けられるのです。
仏の世界には、九体阿弥陀と云う世界があって、それは上品(じょうぼん)上生(じょうしょう)から、下品(げぼん)下生(げしょう)と云う九つのランクがあるように、私達の現世の人権にも、その精進努力が評価されランク付けされると考えるべきかも知れません。
こうして考えてきますと、人権とは、ただ無条件に与えられたものでも、当然の権利として受け取ってよいものでもありません。異論はあるかも知れませんが、それを恐れず言わせてもらうとすれば、人それぞれの生きざまによって、初めてその行いに相応しい人権のランクが授けられるのかもしれません。
厄除け厄払いお祓い除霊護符呪詛返しの未勒館「密教と四柱推命」
厄除け厄払いお祓い除霊護符永代供養呪詛返しなど未勒館に!密教の加持祈祷・供養「四柱推命」
Copyright © 2008 Mirokukan All Rights Reserved.