【平成二十一年二月】の定例法話会・テキスト
天神様の『うそ替え神事』で不況脱出を
≪昔から苦しいときの神頼みと云いますが、はたしてそのご利益は叶うのか?≫
世を上げて百年に一度の大不況だという。誰もがこの全世界を巻き込んだ大不況からの一日も早い脱出を願っていると思います。そこで昔から≪苦しいときの神頼み≫と云う言葉がありますが、先日の「天声人語」に大衆の心情そのままの次の言葉がありました。
『ウソという鳥をご存知だろうか。その名にちなんだ≪うそ替え神事≫がこの週末、東京亀戸天神などで ある。去年買ったウソの木彫りを神社に納め、新しいものに替えると、去年起きた悪いことが全部うそになって幸せを招くとされる▲「うそ替え」によって、自分が去年ついたうそ一切を清算する意味もあるそうだ。
優しいうそなら天神様も許してくれようが、帳消しにできぬ悪質なうそも世に多い。今なら「振り込め詐欺」あたりがその筆頭だろう▲だまし取られた金額は昨年、276億円にのぼった。秋までは過去最悪のペースだったが、官民あげての取り組みが効いて免れた。とはいえ、半端な額ではない。プロ野球全球団の選手の年俸総額に、おおむね匹敵する▲被害がワースト2位の神奈川県警は、新たな作戦に打って出た。詐欺だと気づいても、だまされたふりをして金を手渡す約束をしてもらう。そこへ捜査員が同行する。うそを以(も)ってうそを制する作戦だ。見事に功を奏して、おととい男を逮捕した▲「相手をだまそうと熱心な者ほど、まんまとだまされやすいものだ」と言う。攻めるにかまけて、守りはがら空き。詐欺師のスキを 作戦は突いたとみえる。こんなうそなら天神様もお目こぼしだろう。・・・後略・・・』
○注(なお、広辞苑によると、大宰府(だざいふ)・大阪・東京亀戸(かめいど)などの天満宮で、参詣人が木製の鷽(うそ)を互いに交換し、神主から別のを受ける神事。金製の鷽(うそ)を換え当てた者は幸運を得るとされ、大宰府は正月7日の夜の酉(とり)の刻に行い、亀戸は正月25日に行う・・・とあります。)また「なんでも鑑定団」の古美術鑑定家、中島誠之助氏は、自著の『骨董掘り出し人生(朝日新書)』の中で≪偽物はあってもいい≫だから本物が輝く・・・。と言っていますが、世の中には、許せる嘘と、許せぬ嘘があることは自明の理でしょう。
しかし、こうも世の中の政治も、経済も、社会も、さらに人の心までも乱れに乱れている昨今、思い出すのは、以前、巧妙な手段で人をだまし、人のフンドシで相撲を取っていた金の亡者が、記者会見の席上で、多くの記者達から狡猾な手段で企業の乗っ取りや非合法すれすれの手段で金儲けをしたことを突かれ、悪びれる様子もなく≪お金儲けしてどこが悪いんですか≫とか≪人の心はお金で買えるのです≫と公言してはばからない成り上がりの大金持ちがいましたが、結局、世間の共感を得ることはできず、ついに鉄格子の向こう側の囚われの身となって「臭い飯」を食うことになったのは、まだ私達の記憶に新しいところです。ただし、仏も言うように、この大不況の中でも≪お金で買えないものがあることを知っている多くの人が居ることを忘れてはならないでしょう。それと共に、仏教の教えの『足るを知る(必要な量をわきまえ、余分なものは求めない)』を苦しい中でも忘れずに、頑張っている人々が大勢いることは大きな救いではないかと思います。
それにしても、依然として後を絶たない振り込め詐欺の現状を見るとき、人の言葉の難しさとそれを受ける人の先入観の恐ろしさを改めて感じる今日この頃です。
ところで、話は変わりますが、毎月この法話会でお渡ししているテキストを書くようになったのは、今から約二十数年前になると思いますが、縁あって鎌倉で仏教勉強会を始めた際、参加者の皆さんの要望で書き始めたのがきっかけでした。
しかし、最初の頃は初めの書き出しをどうするか迷いに迷い、結局ぎりぎりまで筆が進まず、時には鎌倉の会場に着いてから急いで書くこともままありました。
それでも時間に間に合って何とか書けたのは、書きたいことは実際に書く量の5倍から10倍くらいの材料を持っていたからでしょう。これも普段からの野次馬根性で何にでも興味を持ち、その上、≪何時(いつ)、何処で、何が、どうして、どうなった?≫と納得するまで調べなければ気が済まなかった事も材料を充分用意できた理由でしょう。
その反面、興味のないことにはまったく見向きもせず、ちょうど金魚がいったん餌を口に含んでみたものの、気に入らなければプイッと吐き出したからです。
とにかく、まったくの自己流で今までテキストや他の原稿を二十数年もの間、まったく怖いもの知らずで書いてきましたが、ただ一つ気を付けていたことは、決して美文を書こうとしなかったことです。なぜなら、私は源氏物語第一帖の桐壷の段の最初にある名文『いづれのおんときにか、にょうごこうい、あまたさぶらいたまいけるなかに、いとやんごとなききわにはあらねど、すぐれてときめきたもうありけり・・・』とか、文豪〔幸田露伴〕の代表作『五重塔』の、詩的な美しいリズム感あふれる美文でありながら名文の香り高き作品には、とうてい叶わぬ夢とあきらめた結果、今の書き方になったのです。
でも、いまだに いざ書きだそうとすると、あれこれ迷いの淵に沈み、未熟さを感じます。ところが、そんな時、最近の朝日新聞の≪天声人語≫に次のような文章が載ったのです。その内容は『週刊朝日の名物編集長だった≪扇谷(おうぎや)正造(しょうぞう)≫は、部下への助言もふるっていた。締め切り日、取材メモを前に苦吟(くぎん)する新人の肩をたたき、決まってこう語りかけたという。「とにかく大変だった、と書き出してみたまえ」▲材料は山とある。ニュース原稿はもともと劇的な話を取り上げるのだから、誘い水さえ垂らせば流れ始めるというわけだ。』材料があり、誘い水さえあれば、文字は流れる。≪目から鱗である≫と感じた人も多いでしょう。
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