【平成十八年七月】の定例法話会・テキスト
虚栄の『セレブ』は、守銭奴だった
《なのに・・人々は、己の外観を飾ることに専念し、心を磨く事を忘れている。》
最近頻繁にマスコミを賑わしている用語に《セレブ》と云う言葉があります。もちろんこれは、去る六月二十六日午後、渋谷区の路上で男達に拉致された、明治学院大学四年の池田果菜子さん(21)の母親で、美容整形外科医院《池田ゆうこクリニック》を経営する池田優子さん(47)の事を指して言っているのですが、どのマスコミも、この《セレブ》と云う言葉の本当の意味について、一部のマスコミを除いてほとんど説明していないようなので、先ずこの言葉の持つ本来の意味からお話ししようと思います。
そこで、この《セレブ》を云う言葉ですが、現在では一般的な使い方としては、彼女達のような豪奢三昧ごうしゃざんまい(贅沢で、派手なこと。華々しい贅沢な生活に浸る)な人達を言うようなのですが、本来は英語の『セレブリティー』から転じた言葉で、その意味は有名人、とか名士に相当するそうで、日本的に言えば、昔の《長者》に該当し、その姿は福徳のすぐれた人の代名詞でもあり、日常の生活は質素で地域に貢献する世話役だったのです。
ところが、現在の《セレブ》は、単なる金ピカ生活を追い求めるだけの、心の卑しい拝金主義者で、空虚な優越感に浸っているだけの、浮かれた時代の寵児ちょうじなのです。そして、この人達の共通点は、村上もホリエモンもそうですが、心のうちでは現在の生活を失うことへの恐怖に満ちていますから、一般社会通念としての常識をかなぐり捨てた金儲けに走り、際限のない金儲けに目がくらみ、村上が逮捕直前の記者会見で言い放った《金儲けしてどこが悪いんですか・・・?》と云う、破滅暗示の言葉になって返ってくるのです。
仏教では、これを《多財餓鬼》と云って、多くの財を手にした者は、いつかこの財が無くなるのではないか、あるいは人に狙われ取られるのではないか・・・と云う不安感に付きまとわれ、貪欲どんよくにもっと儲けなくては・・・と、終わりのない欲望の電車に乗るのです。
因みに、仏教にはこの他にもう二つの餓鬼の世界があります。それは《無財餓鬼》と《小財餓鬼》と云って、初めの《無財餓鬼》は何も財がないので何でも欲しがる《餓鬼》のことで、次の《小財餓鬼》は、多少の財は持っていますが、お隣りよりも、或いは同僚仲間より少しでも多く欲しいと思う中流意識の《餓鬼》と思ってよいでしょう。
と、言うことは、人は、金持ちも、中流も、貧乏人も、誰でも心の持ち方次第で餓鬼になり得ると云うことなのです。そこで、今話題の『セレブ』の代表とも云える、時給百万で年収十二億と豪語する、美容整形外科の《池田ゆうこクリニック》院長の多財餓鬼ぶりが、七月六日号の週刊新潮に掲載されている記事の一部を引用してみますと、彼女の住む地元・渋谷の住人の評判もいまひとつで、町内会役員の言葉として次のようなコメントが載っています。『あのお宅に町会費をもらいに行くと、池田さんが出てきて《ウチは町内会には世話になっていませんから・・・。》と、支払を拒否するんですよ。月にたった二百円ですよ。今度みたいに、いつ、どこで、誰に助けてもらうかもわからないのだから、町会費ぐらい払いなさい、といいたいですね・・・』と、語っていますが、時給百万で年収十二億と豪語するこの《多財餓鬼》を社会はどのように思っているのでしょう。
そこで、この時給百万・年収十二億の《セレブ》を生みだした《美容整形外科》とは、どのような定義がなされているのか、広辞苑で調べてみますと、(引)「『美容整形外科とは容貌・容姿を美しくするためにほどこす形成外科の一分野。』」とありますので、それではと、《医師とは何か》と、もう一度広辞苑を引いてみますと(引)「『所定の資格を得て、病気の診察・治療を業とする人』」とあり、また三省堂の大辞林にも(引)「『医師法に基づき、傷病の診察・治療を職業とする人』」とあります。とすれば、渋谷の《セレブ》のような美容整形外科は、病気でも傷病でもない、医学的には全く健康な人の肉体にメスを入れるのですから、果たしてこれを医療と呼べるのでしょうか・・・?。まして、このような神が与え母が育んだ健康な肉体を、人間の自分勝手なエゴの手助けとは云え、一時の自己満足のために作り替えてしまうような、天地自然の摂理に逆らう術を行なう者を、果たして天は医師と呼ぶことをお許しになられるのだろうか・・・?。と云う疑問が残ります。かと云ってこの職業を否定するつもりは毛頭ありませんが、ただし、敢てこの職業に相応しい呼び方を選択するとすれば、さしずめ医師免許を持ってはいても、単なる暴利をむさぼる《人体改造技工士》がふさわしいのではないかと思いますが、皆さんはどう思われるでしょう・・・?
と云うことは、少なくとも、先の《広辞苑》や《大辞林》の内容から見ると、たまたま医師免許を持っている人が病気でもない健康な人の体にメスを入れると云う、とても医学的には治療とは言い難い行為であり、どちらかと言えば、医師本来の治療とはかけ離れた肉体の《解体修理屋》的な仕事をしているとしか思えないのです。もちろん、彼女達の行為を職業として、容認も否定もするつもりはありませんが、どうしてもと言うなら、その生き方や生活態度から見て、医師ではなく別な呼び方にしたら如何でしょう。
ところで、仏教・特に密教の教えの中の『空海・弘法大師』の代表的な著作の中から、欲望も煩悩も持ったその身そのままで成仏できると説く《即身成仏義そくしんじょうぶつぎ》の中に書かれているように、その内面に秘かに包含されている本質(体たい)は、例えば手相や人相や家相と同じように(相そう)として外に現われます。そして、その本質的な能力や働きが明らかになった時、それを(用ゆう)と言う。と、真実を見抜く事の大切さを説いています。
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