【平成十六年一月】の定例法話会・テキスト
『ケータイ』を持った《サル》達よ!
《君たちは、今年こそ『北限のサルたちから』我慢と辛抱を学びなさい》
年が明け《申年》の新年を迎えましたが、今年もまだ我慢の年が続くでしょうか・・・。もう・・そろそろ私達国民の我慢も限界に近づいていると感じている人も大勢居ると思いますが、我慢強さでは《人後?》に落ちない猿達が青森県の下北半島にいます。それは棲息地して北の限界を超え、過酷な自然と戦いながら寒さに耐えて生きる《日本猿》たちです。この猿達は、学術的にも世界の注目を集め《北限の猿》と云われていますが、厳冬の酷寒の風雪に耐え、必死に仲間同士が助け合うその姿は、まさに修験者の崇高な姿にも似て、そこから私達が学ばなければならない点が多々ある様に思えます。ところで現実の猿社会の興味深い話が、一月元旦のサンケイ新聞の『産経抄』に出ていましたので、その一部を拝借し、原文のまま引用してみますと(引)「《◆サル社会では二、三歳まで若者組に入り、いたずら盛りを遊んで暮らす。ところが、七、八歳になると悪ふざけをしなくなり、立ち居振る舞いまで落ち着いてくる。ボスを見習うのだろう。◆人間の社会はどうか。比較行動学のサル学者・正高信男氏によると”ひきこもり”で周囲をコミュニケーションがとれない若者と、ケータイで他人とつながりを持ちたがる若者は正反対のようで同類。成熟した大人になることの拒否と云う点では共通している・・。そして『ケータイを持ったサル』(中公新書)と云う本を引合に出して、このサルは茶髪だったり、メル友を持ったりする動物であるらしい。》・・」と皮肉を交えて書いてあります。
この記事を読んで、中には自らを振り返って《身につまされる思いをしたり》はたまた《我が意を得たり》と、思わず膝を叩いた人が居たかもしれません。
わが国には、昔から『他人の振り(ふるまい)見て、我が振り直せ・・・。』と云う言葉があります。確かに今の世相を見るに、電車の中でのケ−タイに対する注意アナウンスなどには、まったくお構い無しの傍若無人ぶりで、優先席に、どっかと腰掛け、大声で電話をかけ、大口を開けて化粧ををし、目の前に年寄が居ようが、身重の妊婦が居ようが、赤子を抱いたご婦人が居ようが、まったく気にも止めず、まさに、その姿はケータイを持ったサルそのものを云ってよいでしょう。
ところで、仏教の言葉に『一時(いっとき)座禅すれば、一時(いっとき)の仏なり。一日(いちじつ)座禅すれば、一日(いちじつ)の仏なり。一生座禅すれば、一生の仏なり。』と、云う言葉があります。しかし、これは一般の在家の人達にとっては、かなり難しい事で、仮に、それが「一時(いっとき)」や、「一日(いちじつ)」ならば何とかなるにしても、それが一生ともなると、ほとんど不可能に近いと思います。そこで、日常座禅の出来ない、一般在家の人々は、どうすれば良いかと云うと、日本には昔から『一日一善』と云う言葉もありますので、先ずは『一時(いっとき)善行を積んで、一時(いっとき)の功徳を受け、一日(いちじつ)の善行を積んで、一日(いちじつ)の功徳を受け、一生の善行を積んで、一生の功徳を受け、より仏の心に近づく』と云う事を目指して見てはいかがでしょう。
とかく今の世の中、個人も国も自分達だけ良ければと云う風潮がありますが、「ラクビー」の世界には《皆のための一人、一人のための皆》即ち(ワン フォー オール、オール フォー ワン)と云う言葉があるそうですが、仏教にも華厳経十住品に《一即多、多即一》(一がそのまま多であり、多がそのまま一である)と書かれています。
しかし、何千年にわたって、釈迦も、孔子も、孟子も、老子も、それぞれ珠玉の教えを説いて来たのに、今だに世界に戦争は絶えず、家庭には争いの種は尽きず、若者は目標を見失って、理非の分別なく軽挙妄動に走り、刹那的な遊びに耽ると云う嘆かわしい有様です。これで本当に日本の将来は大丈夫なんだろうか・・?と、しかし、良く考えてみれば、これも素直さを欠いた自我の成せる業でしょう。
とは云うものの、人はなかなか素直にはなれないものです。昔、一休和尚が、村人たちに、曲がりくねった一本の松の木を指差して《この松を真っ直に見たものに褒美をやる》と言ったのですが、その松の木は、誰が何処から見ても真っ直には見えず、これにはその場に集まった村人達も、ただ黙って押し黙るしかありませんでした。その時一人の若者が、たまりかねて『いやぁ、この松、どこから見ても曲がりくねっているなあ・・・』と、言ったところ、一休和尚は『そうだ!お前がこの松を真っ直に見た!』と、すかさず彼を褒めたのだそうです。
ところで小泉首相の大好きな歌劇の中に、シェークスピア原作『マクベス』と云う名作がありますが、その第三幕第一場に《運命め!さあ姿を現せ!おれと勝負しろ!最後の決着をつけてやる!》と云う台詞がありますが、さて、我が国の未来と若者達の行く末の運命が、どう云う姿で現れるかが気がかりです。
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